大淀三千風(読み)おおよど みちかぜ

美術人名辞典の解説

大淀三千風

江戸中期の俳人。伊勢生。号は大箭数・寓言堂・無不非軒・呑空法師等。仙台に住したのち諸国を行脚、その行程は四国・九州にも及ぶ。独特の用字・用語を用いた奇抜な作風で知られる。著書に『日本行脚文集』『仙台大矢数』等がある。宝永6年(1709)歿、69才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大淀三千風 おおよど-みちかぜ

1639-1707 江戸時代前期の俳人。
寛永16年生まれ。31歳のとき出家,松島におもむき仙台に15年間すんで俳諧(はいかい)に精進。延宝7年1日2800句(翌日200句を追加)を独吟し「仙台大矢数(おおやかず)」として刊行。のち西行ゆかりの相模(さがみ)(神奈川県)大磯の鴫立庵(しぎたつあん)を再興し,初代庵主となる。宝永4年1月8日死去。69歳。伊勢(いせ)(三重県)出身。本姓は三井。名は友翰(ゆうかん)。字(あざな)は部焉。別号に東往居士など。著作はほかに「日本行脚文集(あんぎゃぶんしゅう)」「松島眺望集」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

大淀三千風

没年:宝永4.1.8(1707.2.10)
生年:寛永16(1639)
江戸前期の俳人。伊勢国(三重県)射和の商家の生まれで本姓は三井氏,大淀氏を称す。行脚俳人として著名であり,行脚の行程は松尾芭蕉も遠くおよばない。30歳を過ぎてから俳人として立ち,松島見物に出掛けてそのまま仙台に住みつき,15年ほどをここで過ごし多くの門人を育てた。芭蕉の『おくのほそ道』に登場する画工加右衛門もそのひとりである。天和3(1683)年に仙台の住居を捨てて行脚生活に入り,以後7年間にわたり諸国を巡ったが,その足跡は四国,九州にもおよんでいる。この間多くの句文を書き残したが,癖のある独特の書体と,衒学的な臭味の強い,特殊な漢語を多用した難解な表現にその特徴がある。これらの文章を簡略にして集大成したものが『日本行脚文集』である。その後西行の遺跡を慕って大磯に鴫立庵を結び,西行の顕彰に努めた。<参考文献>岡本勝『大淀三千風研究』

(田中善信)

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大辞林 第三版の解説

おおよどみちかぜ【大淀三千風】

1639~1707) 江戸前期の俳人。本名三井友翰。伊勢の人。談林派。大磯に鴫立庵しぎたつあんを再興した。著「日本行脚文集」「謡曲鴫立沢しぎたつさわ」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大淀三千風
おおよどみちかぜ

[生]寛永16(1639)
[没]宝永4(1707).1.8. 伊勢,射和
江戸時代前期の俳人。三井氏 (大淀氏を自称) 。名,友翰。三千風は号。別号,無不非軒,寓言堂,呑空,東往居士など。射和 (いざわ) の富家に生れ,早くから俳諧に親しみ,寛文9 (1669) 年薙髪し,仙台におもむき松島に居住。延宝7 (79) 年三千句独吟矢数俳諧を成就し,西鶴の跋を得て『仙台大矢数』として上梓。天和3 (83) ~元禄2 (89) 年諸国を遊歴し,その紀行が『行脚文集』 (90) となる。元禄8年西行を慕って相模の大磯鴫立庵を再興。西行五百年忌を記念して『倭漢田鳥集』 (1701) を編んだ。作風は特異な用字用語で奇をてらい,雅趣に欠ける。ほかに『法語三人物語』 (1696) など。

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