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大石千引 おおいし ちびき

美術人名辞典の解説

大石千引

江戸後期の国学者・歌人。江戸生。田隣の子。字は道和、初名は貞見、通称伝兵衛のち源左衛門、号は星盧・野迺舎。初め幕臣横瀬貞臣に冷泉家の家風を学んだが、のち加藤千蔭門人となる。『栄華物語』『大鏡』の研究に精力を傾け、歌は『万葉集』を好んだ。著書に『栄華物語語抄』『大鏡系図』等がある。天保5年(1834)歿、66才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大石千引 おおいし-ちびき

1770-1834 江戸時代後期の歌人,国学者。
明和7年3月12日生まれ。冷泉(れいぜい)家の歌風を横瀬貞臣にまなんだが,のち加藤千蔭(ちかげ)の門人となる。「大鏡」「栄花物語」の研究に力をそそいだ。天保(てんぽう)5年9月13日死去。65歳。江戸出身。初名は貞見。字(あざな)は道和。通称は伝兵衛。号は星廬,野々舎。著作に「大鏡系図」「言元梯」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

大石千引

没年:天保5.9.13(1834.10.15)
生年:明和7.3.12(1770.4.7)
江戸後期の国学者。初名貞見,通称伝兵衛,源左衛門,字道和,号星廬,野々舎。江戸の人。父は下野(栃木県)烏山藩士。幕臣歌人横瀬貞臣に和歌を学び,のち加藤千蔭門に入る。歌人としてよりも国学者として名を成した。特に『栄花物語』や『大鏡』の研究にすぐれた業績を挙げる。『大鏡短観抄』『栄花物語抄』などのほか,随筆『野乃舎随筆』,歌集『野乃舎集』がある。

(久保田啓一)

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世界大百科事典 第2版の解説

おおいしちびき【大石千引】

1770‐1834(明和7‐天保5)
江戸中期の国学者。下野烏山藩士大石田隣の子。江戸本所に生まれ,通称伝兵衛,のち源左衛門。千引は号。舎号は野乃舎。歌才にすぐれ,はじめ冷泉家の歌風を学ぶが,のち加藤(橘)千蔭に従い万葉調の作歌をめざす。《栄華物語》《大鏡》の研究に精力を傾け,また他説を自説とする風潮を批判,独自の語釈を追究した。著書に《栄華物語抄》《大鏡短観抄》《大鏡系図》《元言梯》《野乃舎随筆》など。【南 啓治】

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大辞林 第三版の解説

おおいしちびき【大石千引】

1770~1834) 江戸後期の国学者・歌人。号は、野々舎。江戸の人。加藤千蔭門下。著「日中行事略解」「栄花物語抄」「大鏡短観抄」など。

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367日誕生日大事典の解説

大石千引 (おおいしちびき)

生年月日:1770年3月12日
江戸時代後期の国学者
1834年没

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