日本歴史地名大系 「大野別符」の解説
大野別符
おおのべつぷ
現玉名市のうち旧
成立の時期や経緯は不明であるが、先の大野家由緒書上や大野氏系図(「事蹟通考」所収)には、大野小次郎紀国隆が建久四年(一一九三)四月、大野二五〇町を賜わって関東から下向し地頭となり、繁根木八幡宮の別当でもあったと記している。紀氏は本来郡司系在地領主の可能性が強く、この内容については問題も多いが、「大のゝしたいせうもん」の中に、「けむきう四年の御下文 二つう」があったことから(弘長元年八月一日「紀有隆証文請取状」深江文書)、建久四年に地頭職に補任された可能性は強く、当別符の成立はそれ以前にさかのぼるものとみられる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報