天演論(読み)てんえんろん(その他表記)Tiān yǎn lùn

改訂新版 世界大百科事典 「天演論」の意味・わかりやすい解説

天演論 (てんえんろん)
Tiān yǎn lùn

イギリスの科学者T.H.ハクスリーの《進化倫理Evolution and Ethics》(1894)を,清末の思想家厳復が文言の中国語に訳したもの。1896年(光緒22)に稿本が完成し,翌年日刊新聞《国聞報》に載り,98年単行出版された。ハクスリーは原著の中で,人間をも含めた自然界の宇宙過程が無慈悲残酷な生存競争(物競天択)であるのに対して,人間は自己抑制,相互扶助,国家への義務などのすぐれた倫理的要素により克服して(適者生存)こそ社会の進歩がもたらされると説いている。しかし厳復は,生存競争のほうを重視し,各節ごとにつけられた解説批評では,しばしばH.スペンサーの説にもとづきながらハクスリーを批判し,社会を〈天演〉の自然にゆだねれば善治の世がくると説く。にもかかわらず,この書を翻訳したのは,中国の自強と民族回生を期待したからであるが,実際,稿本のときに,すでに梁啓超ら変法派の人々に読まれて深い影響を与え,出版後は,多くの青年に熱狂的に歓迎され,清末から民国時代初めにかけての青年知識人にとり,亡国警鐘を聞くべき必読書となっていた。
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百科事典マイペディア 「天演論」の意味・わかりやすい解説

天演論【てんえんろん】

中国で清朝末期に出されたT.H.ハクスリーの《進化と倫理》(1893年)の訳書。1896年厳復が訳し,翌年新聞発表,1898年単行本公刊。中国の植民地化と亡国の危機感を鋭く反映進化論の説く優勝劣敗・適者生存の公式は魯迅,胡適ら知識人に絶大な影響を与え,魯迅の〈中国地質略論〉〈吶喊自序〉などの著作を生む契機となった。

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世界大百科事典(旧版)内の天演論の言及

【厳復】より

…95年,日清戦争で中国が敗北して後,彼は政治論文〈世変の亟(すみ)やかなるを論ず〉〈原強〉〈救亡決論〉〈闢韓(へきかん)〉の4編を発表,中国富強の根本は,民力を鼓舞し,民智を開き,民徳を新たにすることにあり,その障害となっている科挙制度や専制政体の廃止を説き,ひいては,思想的基盤である朱子学,陽明学の非実用性を鋭く批判し,西洋の学問や議院制の必要を主張した。 98年,ハクスリー《進化と倫理》(1894)の漢訳を《天演論》と題して出版した。生存競争,優勝劣敗による進化という社会進化的観念は,当時の知識人に中国は亡国の危機にさらされているという意識をよびおこし,桐城派古文の典雅な文章とあいまって,《天演論》は青年たちに暗誦されるほど歓迎され,彼の名を不朽のものにした。…

【胡適】より

…安徽省績渓県出身で上海の生れ。少年期に厳復,梁啓超の著述,とくに《天演論》《新民説》に感激し,新思想の洗礼を受けた。1910年(宣統2),アメリカに留学,最初コーネル大学,ついでコロンビア大学に学び,デューイ哲学から深い影響を受け,《古代中国における論理学的方法の発展》(英文,1917,その漢訳《先秦名学史》を出版)で哲学博士を得た。…

※「天演論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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