デジタル大辞泉 「太田玉茗」の意味・読み・例文・類語 おおた‐ぎょくめい〔おほた‐〕【太田玉茗】 [1871~1927]詩人。埼玉の生まれ。本名、三村玄綱。僧職のかたわら叙情派詩人として知られ、田山花袋・国木田独歩らと「抒情詩」を刊行。 出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例 Sponserd by
精選版 日本国語大辞典 「太田玉茗」の意味・読み・例文・類語 おおた‐ぎょくめい【太田玉茗】 詩人。田山花袋らと詩集「抒情詩」を刊行。小説、翻訳もある。明治四~昭和二年(一八七一‐一九二七) 出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例 Sponserd by
20世紀日本人名事典 「太田玉茗」の解説 太田 玉茗オオタ ギョクメイ 明治期の詩人,小説家 生年明治4年5月6日(1871年) 没年昭和2(1927)年4月6日 出生地埼玉県行田 本名伊藤 蔵三 別名別名=太田 玄綱,三村 玄綱 学歴〔年〕曹洞専門本校大学林(現・駒沢大学)〔明治21年〕卒,東京専門学校文学科〔明治27年〕卒 経歴小学時代に寺に預けられ、12歳で僧籍に入る。明治21年から「頴才新誌」に投稿をはじめ田山花袋を知り、「少年園」に新体詩を発表して認められる。30年花袋、柳田國男、国木田独歩、嵯峨の屋御室らと「抒情詩」を刊行。また真宗勧学院教授に就任するが、32年建福寺住職となり、41年頃文壇を離れた。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「太田玉茗」の解説 太田玉茗 おおた-ぎょくめい 1871-1927 明治-大正時代の詩人。明治4年5月6日生まれ。雑誌「少年文庫」「文学界」に新体詩を投稿,明治30年国木田独歩らとの合同詩集「抒情(じょじょう)詩」に「花ふゞき」が収録された。田山花袋の義兄。埼玉県建福寺住職。昭和2年4月6日死去。57歳。武蔵(むさし)埼玉郡出身。東京専門学校(現早大)卒。本名は伊藤蔵三,のち太田(三村)玄綱。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by
367日誕生日大事典 「太田玉茗」の解説 太田 玉茗 (おおた ぎょくめい) 生年月日:1871年5月6日明治時代の詩人;小説家1927年没 出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報 Sponserd by