妙楽寺城跡(読み)みようらくじじようあと

日本歴史地名大系 「妙楽寺城跡」の解説

妙楽寺城跡
みようらくじじようあと

[現在地名]豊岡市妙楽寺 見手山

妙楽寺集落西側の見手山(みてやま)丘陵(最高所は標高約七〇メートル)に所在し、集落との比高は約六五メートル。城域は東西約四〇〇メートル・南北約六〇〇メートルに及び、曲輪配置はちょうど谷部に位置する妙楽寺を北・西・南から取囲むような形になっている。妙楽寺城は南北に延びる主尾根の鞍部(曲輪)を境にして、標高七〇メートルに位置する「北城」と標高六九メートルに位置する「南城」に分けることができる。北城の主郭は東西約二五メートル・南北約一六〇メートルあるが、墓地の造成などによって改変されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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