翻訳|motif
動機,動因と訳される。〈動きを与えるもの〉を意味する中世ラテン語motivumに由来する語で,まずは物体の運動に,ついで人間行動の動機(動機づけ)に,ひいては芸術用語として比喩的に用いられる。語音をそのまま移した邦語は芸術用語とみなしてよい。芸術作品は意味ある統一体として形成され,しかも作品成立には具体的な素材が不可欠である。それゆえ作品の核心に向けては精神から物質にわたる多様なものが参画することになり,モティーフも多種多様に理解される。建築ではその装飾面における全体効果,編物までもふくめて工芸では文様の単位,彫刻では対象の姿態とか一群の配置関係,絵画では題材にうかがえる中心的主題などが,それぞれモティーフと呼ばれるが,ことに複雑な扱いをうけるのは文芸の場合である。
例えば小説や戯曲において〈父殺し〉(《カラマーゾフの兄弟》《オイディプス王》など),〈箱選び〉(《ベニスの商人》など。メルヘンのいくつかにもみられ,通例,三つのなかから宝を選び出す)のモティーフなどという。これは,題材の部分的要素が作品表現の動機となり,人物と状況を組み合わせた類型的な物語を展開させるとき,出発点ですでに準備されて予感できる筋の構造的統一を指している。また必ずしも題材にとらわれぬ抒情詩ではモティーフも内面化し,〈夜〉〈愛〉〈孤独〉など詩人の主観的な感情体験の契機がこれに数えられる。ところで作品成立をうながす素材は一般にできごととして一回的なものだが,他方モティーフは類型的・普遍的な性格を帯びやすく,ここにモティーフの反復性が生じる。すなわち同一のモティーフが多くの相異なる素材にみいだされたり,同一の作家,民族,文化,時代によって繰り返し用いられることにもなるのである。長大な作品ではいくつものモティーフの複合もみられるが,その際には〈中心モティーフ〉(しばしば作品の理念と目される)と〈副次モティーフ〉を区別する。また同一作品で表現上の目的から一定モティーフが反復して用いられるとき,音楽の用例にならって,これを〈ライトモティーフLeitmotiv〉(ドイツ語。示導動機)という。
執筆者:細井 雄介
モティーフの音楽上の訳語は動機で,それ自体で音楽的意味をもちうる最小単位。その大きさと形態はさまざまであるが,概して主題やフレーズの構成部分として断片的・要素的性格をもつ。音楽の各要素(旋律,リズム,和声,音色,ディナーミク(強弱)など)それぞれに成立しうるが(音型動機,リズム動機など),それらの複合体としてあるのが一般的である(ただしすべての要素が等価とは限らない)。音楽用語としては既に18世紀初頭の文献(S.deブロサールの《音楽辞典》1703)などにみられ,その後,音楽上の韻律論や拍節論,楽節論,旋律論,楽式論などにおいて理論化されてきた。今日の楽式論,拍節論におけるモティーフ概念を基礎づけたのはH.リーマンで,彼は音楽の生成・継起の根源としてアウフタクト(上拍)性を強調したうえで,上拍→下拍の組合せを単位として旋律をいささか規則的にモティーフへ分節し,これをフレージング論に応用した。しかし今日では,モティーフは音楽の様式や旋律の前後の脈絡に応じて,より柔軟に解釈されている。
執筆者:土田 英三郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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