日本大百科全書(ニッポニカ) 「宇宙旅行」の意味・わかりやすい解説
宇宙旅行
うちゅうりょこう
space tourism
宇宙空間、すなわち地球の大気圏外を旅行すること。とくに観光や宇宙空間での特別な体験を目的としたものをいい、国や公的機関による研究を目的とした宇宙開発とは区別される。
人類の宇宙とのかかわりは、宇宙開発から始まった。1969年、アメリカはアポロ11号の船長N・A・アームストロングが月面に降り立ち、歩くようすをリアルタイムで全世界にテレビ中継して、人間が宇宙に行けることを人々に印象づけた。その後、アメリカとソ連の激しい宇宙開発競争の時期を経て、冷戦終了後には協調の時代に入った。
1984年、当時のアメリカ大統領レーガンの提唱により国際宇宙ステーション(ISS)計画がスタートする。その後、1985年(昭和60)に日本、カナダ、ESA(イーサ)(ヨーロッパ宇宙機関)、1993年にはロシアが計画に参加し、世界15か国の協力のもと、2011年、地上高度400キロメートルの地球周回軌道に有人宇宙ステーションが完成した。最初の構成要素「ザーリャ」の打上げ(1998)により運用を開始してから20年以上経過し、宇宙空間で人間が生活するために必要なさまざまな有人宇宙技術は格段に進歩した。当初の宇宙開発計画は冒険の要素が強かったが、近年では「宇宙での活動」ということばに違和感のない段階に移ってきており、一般人が宇宙で生活することは、夢物語ではなくなってきている。
国際宇宙ステーションは、鍛錬を積んで選抜された宇宙飛行士が国家の仕事をするところであるが、2001年以降、2021年末までに15人の一般人が1~2週間ほどの宇宙旅行を経験している。これは定期的に国際宇宙ステーションへ宇宙飛行士を運ぶロシアの宇宙船「ソユーズ」に、一般人が乗せてもらう形で実現している。これまで宇宙は、過酷な訓練に耐える心身ともに頑健な宇宙飛行士だけが行く場所であったが、現在では人間ドック並みの医学検査で特別な異常がみつからなければ、必要最低限の訓練を経たのちに行ける身近な場所になりつつある。
一般人を対象とした今後の宇宙旅行は、すでに実現している弾道宇宙飛行をはじめ、地球周回飛行、月周回飛行へと段階を追って可能となっていくと思われる。アメリカを中心に多くの民間企業が宇宙船開発を進めており、海外旅行に近い感覚で宇宙空間に滞在し、無重力体験をして帰還することを目ざして、身体的・金銭的に負担の少ない弾道宇宙飛行に力を注いでいる。弾道宇宙飛行とは高度約100キロメートルの宇宙空間まで上昇し、上空で無重力体験をしたあと、砲弾のような軌道を描いて地上に帰還するものである。近年、一般人を搭乗させた宇宙船が相次いでこの弾道宇宙飛行に成功しており、日本の大手旅行会社は、アメリカやロシアの民間宇宙企業と提携した宇宙旅行のパッケージを売り出している。
宇宙船から見える瞬かない星、真っ白な太陽、光をまき散らしたような地球、地球をシルクのベールのように取り巻くオーロラなど、その光景は何時間見ていても飽きることがない。流れ星、上空に上がる雷、台風や大気が渦を巻く気象現象など、時々刻々と変化する地球の風景や、吸い込まれるような宇宙の漆黒は、地上からでは見ることはできない。宇宙旅行によって、いままで宇宙飛行士だけに許されてきた体験が、一般人にもできる。
宇宙船内の食事は、フリーズドライ食品、レトルト食品や缶詰である。食品をオーブンなどで温めることはできるし、生鮮野菜も食べられる。調味料は飛び散らないように液状になっており、スプーンやフォークが使えるので、おいしく食事ができる。ただし、宇宙では味覚が変わりどんなものも薄味に感じられるので、食品は味を濃くしている。また、水が玉になって飛び散ると大変なので、風呂もシャワーもない。ただし、汗をかくと皮膚に張りつくため、体や頭は液体洗剤をタオルにしみこませてごしごしこすり、最後に濡れタオルでふき取ってきれいにする。宇宙船内では、カプセルホテルにあるような棚や、身体を固定するベルト付きの寝袋で寝る。身体への刺激がないため、意識だけが存在するような感覚になるなど、無重力ならではの体験ができる。
短期の宇宙旅行に参加する一般人が考慮すべき事項は、「狭い空間に閉じ込められても恐怖や不安を感じないこと」「緊急事態の際、パニックを起こして迷惑をかけないこと」であり、旅客機に乗るときに要求されることとあまり変わらない。飛行前に簡単な心理検査や面接を行い、精神疾患がないこと、不安や抑うつ傾向が高くないことなどを確認することが必要であろう。不安や緊張が極度に高くなる人は緊急脱出訓練などに耐えきれないので、事前に発見できる。数時間から数日の短期宇宙滞在の場合、無重力の宇宙に出ると体液は頭の方に集まるので顔がむくんで頭部に圧迫感があり、足が鳥の脚のように細る。最初の数日間は乗り物酔いに似た症状が出るが、それもまもなく収まり、人体への悪影響もない。
一方、地球周回や月・火星などへの長期宇宙滞在の場合は、閉鎖空間で他人との共同生活を継続しなければならないというストレスにさらされる。食事のメニューや娯楽は限られており、飲酒もできない。短期宇宙滞在に要求される能力に加えて、忍耐力、情緒の安定性、協調性など、ストレス耐性が高いことが必要である。地球周回の場合には、常時地球を眺めて楽しむ方法があるが、月や火星飛行となると漆黒の宇宙空間が続き、地上との常時交信は困難であり、地球からの疎外感が増すために心理的ストレスに耐える必要がある。これまでの飛行実績では、不安・恐怖症状や抑うつ症状などが起きている。このほかに無重力による骨量と筋力の減少が起こるので、運動が毎日必要であるし、陽子や重粒子などの宇宙線が多く、毎日胸部レントゲン写真数枚を撮るほどの被曝(ひばく)量になるので、管理のために線量計を身につけてモニターすることになる。
多くの一般人が宇宙旅行に行き始めた2021年は宇宙旅行元年ともいわれている。高度100キロメートルへの宇宙旅行の料金は現在数千万円であるが、アメリカなどの民間企業複数社の参入で、今後20年以内に数百万円程度になる可能性がでてきた。また、2040年末ごろには1週間程度の地球周回旅行は宇宙旅行の定番になっていると思われる。
[長谷川義幸 2022年12月12日]