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安達清河 あだちせいか

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

安達清河
あだちせいか

[生]享保11(1726).下野,烏山
[没]寛政4(1792)
江戸時代中期の古学派の儒学者。僧として両部神道を学んだが,のち服部南郭に儒学を学び,江戸で家塾を開く。著書『嚮風草』『市隠草堂集』。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

安達清河 あだち-せいか

1726-1792 江戸時代中期の漢詩人。
享保(きょうほう)11年4月27日生まれ。下野(しもつけ)(栃木県)の修験者の家の出身。両部神道を研究したが,家業をきらって江戸の服部南郭(なんかく)の門にはいり,詩をまなぶ。自分の住居を市隠堂とよび武士や町人におしえた。寛政4年閏(うるう)2月6日死去。67歳。名は于慶,修。字(あざな)は文仲,吉甫。著作に「大東地名考」,詩集に「市隠草堂集」など。

出典|講談社
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世界大百科事典 第2版の解説

あだちせいか【安達清河】

1726‐92(享保11‐寛政4)
江戸中期の漢詩人。名は修。字は文仲。下野(しもつけ)の人。修験道の家に生まれたが,家業を嫌って青年時に江戸に出,服部南郭に学んで漢詩人として立った。市隠草堂という詩社を開き,一般の武士や町人を対象に漢詩を教授したことで知られる。18世紀後半から漢詩の趣味が広く普及するようになるが,多数の人に漢詩を教授することで生計を立てた清河の生き方は,その漢詩普及という時代の風潮を体現するものとされる。詩集に《市隠草堂集》(前編1775,後編1788,遺編1802)があるほか,市隠草堂の門人たちの詩を集めた《嚮風草(きようふうそう)》(初編1770,2編1784)がある。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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