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盧溝橋事件 ろこうきょうじけん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

盧溝橋事件
ろこうきょうじけん

1937年7月7日夜,中国,北京南西郊の盧溝橋付近で,演習中の華北駐屯日本軍一木大隊の中隊に対して十数発の射撃がなされたことを契機に,日本軍と冀察政権 (政務委員会) 第 29軍との衝突に発展した事件。日中戦争の発端となった。中国では「七七事件」として知られる。最初の十数発の射撃が日本側の謀略抗日勢力によるものかは不明とされている。 11日未明には一応現地で停戦が成立した。しかし,当初不拡大方針を声明していたにもかかわらず,第1次近衛内閣は 11日内地3個師団の動員を決定,軍部内でも,拡大派と不拡大派が激しく対立するなど矛盾をはらみつつ戦線は次第に拡大し,同 28日の北京,天津総攻撃の開始をもって全面的な戦争に突入した。中国側ではこれを契機に第2次国共合作がなり,抗日の機運が高まった。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

盧溝橋事件

1937年7月7日、北京郊外の盧溝橋で夜間演習中の日本軍が実弾射撃音を聞いたことをきっかけに、近くの中国軍と戦闘になった事件。日中全面戦争の発端となった。日本軍は1900年の義和団事件のあと、天津に駐屯。36年から盧溝橋近くに部隊を駐留させていた。なお、北京は28年6月~37年10月の間、「北平(ペイピン)」と呼ばれたが、記事では北京に統一した。

(2017-06-25 朝日新聞 朝刊 東特集R)

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デジタル大辞泉の解説

ろこうきょう‐じけん〔ロコウケウ‐〕【盧溝橋事件】

1937年(昭和12)7月7日、中国北京郊外の盧溝橋付近で日本と中国の軍隊が衝突した事件。日中戦争のきっかけとなった。中国では七七事変という。

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百科事典マイペディアの解説

盧溝橋事件【ろこうきょうじけん】

日中戦争の発端となった事件。1937年7月7日北京郊外の盧溝橋で演習中の日本軍が,兵1名の行方不明から中国軍を攻撃。9日停戦協定成立,中国軍責任者の処罰を決定。
→関連項目冀東防共自治政府抗日戦争近衛文麿竹下登内閣通州事件武藤章

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

盧溝橋事件
ろこうきょうじけん

1937年(昭和12)7月7日夜に始まる盧溝橋一帯での日中両軍の軍事衝突で、日中全面戦争の発端となった事件。中国では、「七・七事変」ともいい、日本政府は当時「北支事変」と称した。
 1935年、華北分離工作に本格的に乗り出した日本は、やがて支那(しな)駐屯軍を増強、豊台(ほうだい)にも駐屯するなど、北平(ペイピン)(北京(ペキン))に対する圧力を強めていた。盧溝橋は、北平の南西15キロメートル、豊台の西3キロメートル、平(京)漢線鉄橋のやや下流に位置し、中国軍の守る要衝の地であった。
 7日夜、支那駐屯歩兵第一連隊第三大隊第八中隊(中隊長清水節郎(せつろう)大尉)は、盧溝橋北西約1キロメートルの永定河(えいていが)右岸竜王廟(りゅうおうびょう)付近で夜間演習中、10時半ごろ、日本軍の軽機関銃の発射(空砲)に続き、竜王廟方面から小銃による実弾数発の射撃があり、さらに日本兵1名行方不明という事態が発生した。同兵は20分後に帰隊したが、この点は北平の連隊本部にただちには伝えられなかった。翌8日午前3時過ぎ、再度竜王廟方面に銃声があったことから、北平の牟田口(むたぐち)連隊長により、午前4時23分に攻撃命令が出された。交戦状態への突入は5時半、盧溝橋につながる宛平(えんぺい)県城での両軍代表による交渉の最中であった。
 8日、中国共産党は、華北の防衛、全民族の抗戦を訴える通電を発し、国民政府も10日夜、日本に抗議した。現地では、9日の停戦の合意にもかかわらず、10日夜ふたたび交戦状態に突入した。一連の戦闘で中国の民衆多数が日本軍によって殺傷された。11日夜8時、現地では停戦協定が成立したが、これより先、同夕6時過ぎ日本政府は「華北派兵声明」を発表、すでに全面戦争へ向けての重大な一歩を踏み出していた。[安井三吉]
『寺平忠輔著『蘆溝橋事件』(1970・読売新聞社) ▽秦郁彦著『日中戦争史』(1972・河出書房新社) ▽藤原彰著『日中全面戦争』(『昭和の歴史5』1982・小学館)』

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