宝金剛寺(読み)ほうこんごうじ

日本歴史地名大系 「宝金剛寺」の解説

宝金剛寺
ほうこんごうじ

[現在地名]佐倉市直弥

寺台てらだいにある。皓月山静覚じようかく院と号し、真言宗豊山派本尊大日如来創建については不詳であるが、古くは宝金寺と称した。近世初頭北条氏勝が再建したといい、慶長二年(一五九七)当寺に七条・横被(寺蔵)寄進、その墨書銘文に宝金寺とみえる。氏勝は同一六年に領地で没したが(寛政重修諸家譜)、かつて境内の代々住職の石碑前に墳墓があり、氏勝(静覚院殿恵公居士)の墓と称されていたという(「寺明細帳」寺蔵文書)


宝金剛寺
ほうこんごうじ

[現在地名]小田原市国府津

曾我そが道沿いにある。国府津山医王院と号し、東寺真言宗。本尊は地蔵菩薩。寺伝によれば天長六年(八二九)八月弘法大師の弟子杲憐の開山という。古くは地青寺と称し、天文二四年(一五五五)五月二八日の北条家朱印状(県史三)に「地青寺、蓮台寺建立之時も、番匠之事、前々可為如御定事」とみえるが、寛文一二年(一六七二)の由緒書(県史四)によれば、弘治二年(一五五六)後奈良天皇の勅により現在の寺号に改めたという。

戦国期には北条氏の祈願寺であったといわれ、天正一四年(一五八六)三月七日には北条家掟書(県史三)、三月一六日には北条氏直の寺領安堵の判物(同書)・板部岡江雪副状(同書)が下されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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