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富士松魯中(初代) ふじまつ ろちゅう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

富士松魯中(初代) ふじまつ-ろちゅう

1797-1861 江戸時代後期の浄瑠璃(じょうるり)太夫。
寛政9年生まれ。新内節中興の祖。2代鶴賀鶴吉の門人だったが破門され,のち富士松家を再興して富士松加賀太夫魯中,ついで富士松魯中と改名,家元となる。新作に専念し「真夢(まさゆめ)」「弥次喜多(やじきた)」など多数の作品をのこした。文久元年6月20日死去。65歳。本名は野中彦兵衛。前名は鶴賀加賀八太夫。

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朝日日本歴史人物事典の解説

富士松魯中(初代)

没年:文久1.6.20(1861.7.27)
生年:寛政9(1797)
江戸後期の新内節中興の祖。本名野中彦兵衛。前名鶴賀加賀八太夫。2代目鶴賀鶴吉の門にいたが,鶴吉の娘ひでとの恋愛問題で鶴賀派を追われ,一時都路加賀太夫を名乗っていたが,まもなく,薩摩掾以来絶えていた富士松姓を再興し,富士松加賀太夫魯中,のちには俳名のみを使って富士松魯中と称し活動した。鶴賀派から従来の新内節を語ることを禁止されたため,新作浄瑠璃の創作に専念せざるを得なくなったが,初代富士松紫朝ら高弟の力添えもあって,多くの新作を生み出した。「弥次喜多」「真夢」が代表作。当時は新内節と区別して富士松節と称していたが,現在では,鶴賀・富士松両派とも新内節と称する。

(根岸正海)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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