寺内廃寺
てらうちはいじ
[現在地名]江南町柴 寺内
荒川右岸の関東ローム層の台地に位置する古代寺院跡。仮称「花寺」跡ともよばれる。古くから布目瓦が散布する地として知られていたが、平成四年(一九九二)に行われた調査の結果、出土遺物等により奈良時代後期に建立され、のち一度火災にあい、平安時代初期に再建された寺院と推定される。方二町の寺域には、南北を中心軸として表門・中門・金堂・講堂が一直線に並んで建てられ、金堂の東側では塔跡も確認されている。南側が沼沢地となっているのも、寺院立地として好条件であったと思われる。
寺内廃寺
てらうちはいじ
[現在地名]鹿野町寺内
寺内の薬師堂付近に塔心礎石があり、古代気多郡衙跡と考えられる上原遺跡から北東約七〇〇メートルにあたる。礎石は花崗岩製で、長径約二メートルの中央に径五六センチ・深さ二八センチの円孔をうがつ。圃場整備事業に伴って昭和五三年(一九七八)から三年間にわたって発掘調査が行われたが、廃寺に伴う遺構は不明で、寺域・伽藍配置はわからなかった。検出遺構には時期不明の掘立柱建物跡三棟と石敷・土壙墓・溝状遺構・土坑などがあり、出土遺物には細弁一二葉・複弁八葉軒丸瓦、扁行唐草文・重弧文軒平瓦、平瓦、丸瓦、土師器、須恵器、円面硯などがあった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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