小池正直(読み)コイケ マサナオ

20世紀日本人名事典 「小池正直」の解説

小池 正直
コイケ マサナオ

明治期の医師,男爵 軍医総監;貴院議員。



生年
嘉永7年11月4日(1854年)

没年
大正2(1913)年12月31日

出生地
出羽鶴岡(山形県)

学歴〔年〕
東京大学医科〔明治14年〕卒

学位〔年〕
医学博士〔明治32年〕

経歴
陸軍軍医部創設の一人。年少の時、山田龍渓について漢学剣道を学び、幕府の臣・蒔田某に英語を習った。明治6年東京に出てドイツ語を修め、14年東京大学医科を卒業後して陸軍軍医副となる。19年陸軍軍医学校設立と共に教官となり、21年官命でドイツに留学しミュンヘン大学で衛生学・生理学実験法を学び、ウィーン大学に転じ建築衛生学を習い、ドレスデンで兵営病院の建築衛生に関する実地指導を受けた。22年ベルリンで開催の第1回国際医学会議に出席して、同年帰国。27年日清戦争には第1軍兵站軍医部長として功を立て、30年ウィーンで開催の第6回万国赤十字会議に参列、31年帰国して軍医監に進み陸軍省医務局長となる。32年医学博士の学位を受けた。34年台湾を視察し、マラリア対策で成果を上げる。37年日露戦争に従軍。大本営野戦衛生長官となり満州軍兵站総軍医部長を兼ね、38年軍医総監に昇進、陸軍軍医学校校長などの要職に就いた。40年日露戦争の功により男爵を授かる。44年から貴院議員。著書に「衛生新編」などがある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小池正直」の解説

小池正直 こいけ-まさなお

1854-1913 明治時代の軍人,医師。
嘉永(かえい)7年11月4日生まれ。陸軍軍医。日清(にっしん)・日露の両戦争に従軍。明治34年台湾を視察し,マラリア対策で成果をあげる。大本営野戦衛生長官などをつとめ,38年軍医総監。のち貴族院議員。大正2年12月31日死去。60歳。出羽(でわ)鶴岡(山形県)出身。東京大学卒。著作に「雞林(けいりん)医事」「衛生新編」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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