コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

小花冬吉 おばな ふゆきち

2件 の用語解説(小花冬吉の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

小花冬吉 おばな-ふゆきち

1856-1934 明治-大正時代の製鉄技術者,教育者。
安政3年1月10日生まれ。小花作助の子。イギリスで冶金学をまなび,帰国後農商務技師,秋田鉱山監督署長などを歴任。のち八幡製鉄所にはいり,技師,製銑部長をつとめる。明治43年母校東京帝大の教授,同年秋田鉱専(現秋田大工学資源学部)の初代校長となった。昭和9年3月8日死去。79歳。江戸出身。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小花冬吉
おばなふゆきち
(1856―1934)

製鉄技術者、鉱業教育家。工学博士。旧幕府の役人であった父作助(1829―1901。のちに小笠原(おがさわら)島初代島司)の子として江戸に生まれる。1879年(明治12)工部大学校(現、東京大学工学部)冶金(やきん)科を卒業、フランス留学から帰国後、工部省、また広島県の技師として、中国地方における古来の砂鉄製錬法の近代化に尽くし、のち農商務技師、秋田鉱山監督局長などを経て、1896年官営八幡(やはた)製鉄所に転じ、初代製銑部長として創業期の同所高炉技術部門を担当した。1902年(明治35)その技術的不良の責任をとって退任、ふたたび農商務技師として鉱業法の立案などにあたり、1910年秋田鉱山専門学校(現、秋田大学工学資源学部)設立とともに校長に就任、鉱業技術者の育成に努めた。[飯田賢一]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

小花冬吉の関連キーワード野呂景義葛蔵治野田鶴雄久村静弥丸尾錦作宮本里桜村木雅美森田正路横山久太郎大正時代美術

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone