日本歴史地名大系 「小醍醐寺跡」の解説
小醍醐寺跡
しようだいごじあと
明治まであった真言宗の寺。開帳
、於
彼村
相願候品々覚」によれば、辻打猿狂言、歌念仏、花相撲、楊弓、小的、見せ物、物真似、素浄瑠璃、歌祭文、煮売店、水茶屋が掛けられ、三〇日間に及んだとあるから(醍醐寺御支配記)、西国巡礼の流行と相まって当寺が繁栄したことが推察されよう。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
明治まであった真言宗の寺。開帳
、於
彼村
相願候品々覚」によれば、辻打猿狂言、歌念仏、花相撲、楊弓、小的、見せ物、物真似、素浄瑠璃、歌祭文、煮売店、水茶屋が掛けられ、三〇日間に及んだとあるから(醍醐寺御支配記)、西国巡礼の流行と相まって当寺が繁栄したことが推察されよう。
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