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楊弓 ようきゅう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

楊弓
ようきゅう

楊 (やなぎ) 製の小弓で的を射る遊戯。の長さ2尺8寸 ( 85cm) ,白鳥の羽をつけた矢は9寸 (約 27cm) ,的の距離7間半 (約 13.5m) で,いろいろな作法を伴っていた。楊貴妃未央宮でつくり芙容で矢をつくって玄宗皇帝と遊んだのがその起源といわれる。古く中国から伝来し,室町時代には,鞠 (まり) ,楽,郢 (えい) 曲 (俗曲) ,和漢五十音,和歌,七盃飲とともに宮中の七夕の七遊 (ななあそび) の一つであったが,それが民間に伝わって日常の遊びとなり,江戸時代大流行をみた。寛永年間 (1624~44) 頃から盛んになり,元禄年間 (1688~1704) には神社仏閣の境内や盛り場などに矢場 (やば) と呼ばれる楊弓場ができ,10矢4文などの料金で的や糸で吊った景品を射させるようになって従来の作法もまったく無視されるようになった。のち矢場は矢取女 (矢拾女,矢場女) を雇って接客させるようになり,次第に私娼窟化したが,明治末期にはほとんど姿を消した。

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デジタル大辞泉の解説

よう‐きゅう〔ヤウ‐〕【×楊弓】

遊戯用の小さな弓。約85センチの弓に約27センチの矢をつがえ、座って射る。江戸時代から明治にかけて民間で流行した。もと楊柳(ようりゅう)で作られたのでこの名がある。

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百科事典マイペディアの解説

楊弓【ようきゅう】

遊戯用の小弓。ヤナギ(楊・柳)製の85cmほどの弓で,ハクチョウの羽をつけた矢をつがえ,約13.5mの距離にある的を射る。この遊戯は唐の玄宗皇帝が楊貴妃とともに楽しんだとも伝えられ,古く中国から渡来し,室町時代には宮中の七夕七遊(ななあそび)の一つとしていろいろな作法を伴っていた。
→関連項目射的

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大辞林 第三版の解説

ようきゅう【楊弓】

〔もと楊柳ようりゆうでつくったからいう〕
長さ二尺八寸(約85センチメートル)ほどの遊戯用の小さな弓。すわって射る。江戸時代に盛んに行われた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

楊弓
ようきゅう

長さ2尺8寸(約85センチメートル)ほどの遊戯用の小弓。楊弓の呼称は、古くは楊柳(やなぎ)でつくっていたからであり、またスズメを射ったこともあるため、雀弓(すずめゆみ)(雀小弓)ともよばれた。唐の玄宗が楊貴妃とともに楊弓を楽しんだという故事からも、日本には中国から渡来したものと思われる。約9寸(27センチメートル)の矢を、直径3寸(約9センチメートル)ほどの的(まと)に向けて、7間半(約13.5メートル)離れて座ったまま射る。平安時代に小児や女房の遊び道具として盛んになり、室町時代には公家(くげ)の遊戯として、また七夕(たなばた)の行事として行われた。江戸時代になると、広く民間に伝わり競技会も開かれた。寛政(かんせい)(1789~1801)のころから寺社の境内や盛り場に楊弓場(ようきゅうば)が出現した。楊弓場は主として京坂での呼び名で、江戸では矢場(やば)といった。金紙ばりの1寸的、銀紙ばりの2寸的などを使い、賭的(かけまと)の一種であったが、賭博(とばく)としては発達しなかった。矢場はむしろ矢取女という名の私娼(ししょう)の表看板として意味が深い。[稲垣史生]

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