小野アンナ(読み)オノ アンナ(英語表記)Anna Ono-Bubnova

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「小野アンナ」の解説

小野 アンナ
オノ アンナ


職業
バイオリン教師

旧名・旧姓
ブブノワ アンナ〈Bubnova Anna〉

生年月日
1894年 4月1日

出生地
ロシアサンクトペテルブルク

経歴
6歳よりピアノを、10歳よりバイオリンを学び、ペテルブルク音楽院でレオポルド・アウアーに師事、“フリー・アーティスト”の称号を得た。レニングラード(サンクトペテルブルク)に遊学していた小野俊一と結婚し、1918年来日。’35年離婚後も日本にとどまり、小野アンナ音楽教室主宰、日本のバイオリン演奏の進展に寄与した。’46年より武蔵野音楽大学教授をつとめた。’60年ソ連帰国教え子に、諏訪根自子巌本真理、前橋汀子ら日本を代表するバイオリニストがいる。著書に「バイオリン音階教本」がある。

受賞
勲四等瑞宝章〔1959年〕

没年月日
1979年 5月8日

家族
姉=ブブノワ ワルワーラ(画家・ロシア文学者)

伝記
うたからはいるバイオリンのおけいこ 豊田編著(発行元 ドレミ楽譜出版社 ’99発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「小野アンナ」の解説

小野 アンナ
オノ アンナ

大正・昭和期のバイオリン教師



生年
1894年4月1日

没年
1979年5月8日

出生地
ロシア・サンクトペテルブルク

旧姓(旧名)
ブブノワ アンナ〈Bubnova Anna〉

主な受賞名〔年〕
勲四等瑞宝章〔’59年〕

経歴
6歳よりピアノを、10歳よりバイオリンを学び、ペテルブルク音楽院でレオポルド・アウアーに師事、“フリー・アーティスト”の称号を得た。レニングラード(現・サンクトペテルブルク)に遊学していた小野俊一と結婚し、1918年来日。’35年離婚後も日本にとどまり、小野アンナ音楽教室を主宰、日本のバイオリン演奏の進展に寄与した。’46年より武蔵野音楽大学教授を務めた。’60年ソ連に帰国。教え子に、諏訪根自子、巌本真理、前橋汀子ら日本を代表するバイオリニストがいる。著書に「ヴァイオリン音階教本」がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

20世紀西洋人名事典 「小野アンナ」の解説

小野 アンナ
アンナ オノ
Anna Ono-Bubnova


1897.4.1 - 1979.5.8
ソ連(ロシア),日本のバイオリン奏者,音楽教育家。
元・武蔵野音楽大学教授。
ペテルブルグ生まれ。
旧名アンナ ブブーノヴァ。
6才よりピアノを、10才よりヴァイオリンを学び、ペテルブルグ音楽院でアウェルに学んだ。1917年に小野俊一と結婚し来日、小野アンナ音楽教室を主催し、器楽早期教育を提唱した。’46年より武蔵野音楽大学教授となり、桐朋学園短期大学音楽科でも教えた。’60年に帰国した。「ヴァイオリン音階教本」(’48年)を書いている。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小野アンナ」の解説

小野アンナ おの-アンナ

1896-1979 ロシアのバイオリニスト。
1896年3月14日生まれ。ブブノワの妹。ペテルブルグ音楽院でバイオリンをまなぶ。1917年留学中の小野俊一と結婚し,来日して音楽教室を主宰。昭和21年武蔵野音楽学校(現武蔵野音大)教授となる。門弟に巌本真理(いわもと-まり),諏訪根自子(すわ-ねじこ)ら。35年に帰国。1979年5月8日死去。83歳。本名はAnna Boubnova。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「小野アンナ」の解説

小野 アンナ (おの あんな)

生年月日:1896年3月14日
大正時代;昭和時代のバイオリニスト
1979年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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