翻訳|violin
弓で演奏する擦弦楽器の一種。16世紀の初めに北イタリアで生まれ,その衰退が始まる20世紀に至るまでの約300年の間,ヨーロッパの器楽の歴史のなかで,独奏・合奏楽器として重要な役割を果たした。バイオリンはビオラ,チェロ,コントラバスとともにバイオリン族と呼ばれる擦弦楽器の一族を形成し,そのなかの最高音域を受け持っている。コントラバスはもとはビオル族に由来する楽器であるが,通常バイオリン族に数えられる。その他ポシェットpochetteと呼ばれる小型バイオリンもあり,18世紀までダンス教育用に用いられた。
バイオリンは主として,共鳴胴,棹と指板,糸蔵の三つの部分からなっている。共鳴胴の表板はスプルース(エゾマツの類)の柾目板で独特のf字形の響孔をもち,裏板と横板は美しい木目のメープル(カエデ)材で作られる。表板の裏側は,弦の張力に耐えられるように力木で補強してある。駒は,弦を支えると同時にその振動を表板に伝える役割を果たし,胴の内部では,魂柱と呼ばれる細い棒がさらに表板の振動を直接に裏板に伝える。また,糸蔵の先は渦巻形の装飾をもっている。現在の標準的なバイオリンの大きさは全長約59cm(胴は約35.5cm)で,他に子どもの練習用として7/8,3/4,1/2,1/4,1/16と呼ばれる小型のものがある。音域は第4弦の最低音のトからほぼ4オクターブに及ぶ。4本の弦は5度間隔に調弦されるが,曲によってはスコルダトゥーラと呼ばれる変則的な調弦を使う場合がある。一般に最高音の第1弦E線にはスチール弦,第2弦A線,第3弦D線,第4弦G線にはガットの巻線を用いる。弓は主としてペルナンブコ材の反りのある棒に,脱色した馬の毛を張ったもので(全長約75cm),下端のねじ装置によって毛の張力を調節する。付属品としては,肩あて,高音弦の微調整のためのアジャスター,弱音器などがある。
胴をあごと左肩ではさんで楽器を水平に支え,左手の親指は軽く棹に添え,残りの4本の指で指板上の弦を押さえる動作を行う。原則として立って演奏するが,合奏の場合は腰掛けて演奏する。左手の基本的な技術のおもなものは,弦を押さえる手の位置を変えるポジションの移動と,弦を押さえた指を微妙に揺らせて個々の音にふくらみとニュアンスを与えるビブラート,弦に軽く触れて高い倍音を出すフラジョレットなどである。弦をはじくピッチカートは,左手と右手のどちらの指でも行う。他方,右手による弓奏の技術は,楽器の可能性を最大限に引き出すために本質的な役割を演じている。弦に適切な振動を与えて美しい音色を得るためには,弓に腕の自然な重みだけをかけ,また弓が常に弦に対して直角に動くことが必要である。弓奏の技術は,弓を弦に常に密着させるレガート奏法から,各音の間で弓を一瞬止めるスタッカート,弓の弾力性を利用して弓を跳躍させるスピッカートやフライイング・スタッカートなどにいたるまで,多様な方法を含んでいる。また,バイオリンは基本的には旋律楽器であるが,2弦から4弦までを同時に奏する(4弦の場合2弦ずつに分ける)重音奏法もしばしば行われる。その他,弱音器を弦あるいは駒につけ,音量を下げて音色を和らげる方法や,基本の調弦(G,D,A,E)では不可能な重音奏法を可能にするため調弦を変える,17世紀によく用いられたスコルダトゥーラを使う奏法がある。後者の場合,楽譜に書かれた音符は実際の音ではなく,押さえるべき弦の位置を指示する一種のタブラチュア(奏法譜)の役割を果たしている。
バイオリンが16世紀のどの時期に,どの楽器を直接の先祖として生み出されたかについては,正確なことは明らかでない。擦弦楽器自体,歴史的にはかなり遅く出現したもので,その誕生は10世紀ころと推定される。その発祥の地についても諸説があるが,現在のところ中央アジア起源説が有力である。ヨーロッパでは11世紀ころから,洋梨形のルベックrebecや胴にくびれのあるビエルvielleなどの擦弦楽器が使われ始めていた。ルベックがその後大きな発展をみせなかったのに対し,ビエルは15世紀にはビオルと呼ばれるようになり,ソプラノ,アルト,テナー,バスの音域の楽器からなる一族を形成して,ルネサンス期の重要な合奏弦楽器となった。このビオルの影響のもとに,ルベックからはフレットのない指板と5度調弦を受け継ぎ,15~16世紀にイタリアで流行したバイオリンに似た形態をもつリラ・ダ・ブラッチョlira da braccioに直接に触発されて,バイオリン族が誕生したと推定される。最初期のバイオリンは3弦であった。
初期のバイオリン製作の中心は,ミラノ近郊のブレシアとクレモナにあった。バイオリンの基本的な形は,クレモナ派のA.アマーティ(アマーティ)やブレシア派のガスパロ・ダ・サロGasparo da Salò(1540-1609)によってほぼ確立され,さらにN.アマーティがそれまでのものよりやや大きい現在の標準型のバイオリンを完成した。その後今日に至るまで,バイオリンの形態は細部を除いて本質的な変化を被っていない。同じクレモナのA.ストラディバリ(ストラディバリ),G.A.グアルネリ(グアルネリ)などによって生み出された楽器は,今日に至るまで最良の楽器として高い名声を保っている。17世紀から18世紀にかけてバイオリン製作は各地に広まり,イタリアではベネチア,ミラノ,ナポリ,ボローニャなどの都市を中心とした派が栄え,フランスではミルクール,ドイツではミッテンワルトがバイオリン製作の中心地となった。
18世紀中ごろから,独奏協奏曲様式の発展と大ホールでの演奏会形式の一般化に伴って,独奏楽器としてのいっそう豊かな音量,ハイ・ポジションでの高度の技巧,より華やかな音色などが要求されるようになった。この要請にこたえるため,ピッチを高く調弦して輝かしい音色を得ようとする一方,指板と棹を長くすると同時に,増大する弦の張力に楽器が耐えられるように力木を長く太いものに変え,胴に対する指板の取付け角度も急にするなどの構造上の変化が徐々に加えられていった。これらの改造はそれ以前に製作された古い楽器にも加えられたため,今日では1750年以前に製作された原型のままの楽器を〈オールド・バイオリン〉あるいは〈バロック・バイオリン〉と呼び,それ以後に作られた,あるいは近代的に改造された楽器を〈モダン・バイオリン〉と呼んで区別している。現在使用されているストラディバリやグアルネリの楽器も,ほとんどすべてこの〈モダン・バイオリン〉に改造されたものである。なお現在では,1750年以前の楽曲を演奏する際に,音量こそはないが高音に豊かな響きを含み,パープシコードやリコーダーの音色ときわめてよく調和し,微妙な陰影を表現するのに適した〈オールド・バイオリン〉を使うことが一般化しつつある。
バイオリンが出現した当時,その華やかな音色は,ルネサンス的な好みを体現していたビオルやリュートの控え目な音とはかなり異質であったため,しばらくの間バイオリンは舞踏の伴奏楽器の地位にとどまっていた。しかし,劇場音楽の発展,ルネサンス時代の合奏中心の器楽からバロック時代以降の独奏の重視という音楽的嗜好の変化,そしてクレモナを中心とする楽器製作技術の飛躍的発達に伴って,表現力に富んだバイオリンは1600年以降急速に重要度を増し,鍵盤楽器とともに,バロックの器楽形式の確立に主要な役割を担うことになる。
フランスでは早くからバイオリンが宮廷で使われ,アンリ4世の時代に有名な〈王の24人の弦楽合奏隊〉が組織された。しかし,これはもっぱら合奏を主としており,独奏的な奏法を発展させるにはいたらなかった。イタリアでは16世紀末から合奏の旋律楽器として使われ始める。その最初の例は,L.マレンツィオの〈シンフォニア〉(1589)である。他方クレモナ出身のモンテベルディはオペラ《オルフェオ》(1607)の中でバイオリンを使い,バイオリンがオーケストラの中心的楽器としての地位を確立していく道を開いた。
17世紀のバイオリン音楽は,それまでの主要な弦楽器であったビオルの奏法への依存から脱して,バイオリン特有の技巧とともに,劇場での華やかな歌唱から影響を受けた,独自の器楽的表現を確立していった。その主要な楽曲形式は通奏低音付きのソナタであった。この方向への第一歩を踏み出したのが,チーマGiovanni Paolo Cima(1570ころ-?)によるバイオリンを含むトリオ・ソナタ(1610)と通奏低音付き独奏ソナタ(1620)である。この発展は,フォンタナGiovanni Battista Fontana(1630ころ没),マリーニBiagio Marini(1587ころ-1663),ビターリなどに受け継がれ,有名な〈ラ・フォリア〉の主題による変奏を含むコレリのソナタ集(作品5。1700)において頂点に達する。同じ頃,ドイツ,オーストリアでもバイオリン音楽が盛んとなり,シュメルツァーJohann Heinrich Schmelzer(1623ころ-80)に続くビーバーHeinrich Ignaz Franz von Biber(1664-1704)は,代表作《聖母マリアのロザリオ15玄義》(1676ころ。通称《ロザリオのソナタ》)で,スコルダトゥーラを使った重音奏法や卓抜な変奏技法を示している。
バイオリンは,その製作の質や量,楽器としての人気と普及度の点からみて,18世紀にその頂点に達したということができる。18世紀に入ると,独奏協奏曲の様式も発達を遂げる。その最初の例は,トレリの合奏協奏曲集(作品8。1709)である。しかし,その後のバロックの独奏協奏曲の規範となったトゥッティtutti(総奏部)とソロsolo(独奏部)の鋭い対照,急・緩・急の3楽章形式という特徴を確立したのは,《調和の幻想》(1712)をはじめとするビバルディの多数の協奏曲作品である。その後の世代にビバルディの様式は協奏曲の典型と見なされ,J.S.バッハ,ヘンデル,テレマンはその影響のもとに多数の協奏曲を書いている。他方,高度の技巧の追求も行われ,バイオリンの多声的な可能性の極限を示したJ.S.バッハの《無伴奏ソナタとパルティータ》(1720)や,《24のカプリッチョ》を含むロカテリの《バイオリンの技法》(作品3。1733),タルティーニのソナタ(通称《悪魔のトリル》が有名)などが生み出された。フランスではJ.M.ルクレールが,コレリ以来のソナタにフランス宮廷器楽の語法を融合させ,フランスにおけるバイオリン音楽の真の基礎を築いた。また18世紀中ごろには,最初の教則本であるジェミニアーニの《バイオリン奏法》(1751)や,L.モーツァルト(1756),サン・セバンJoseph-Barnabé Saint-Sévin(1727-1803。通称ラベ・ル・フィス)(1761)による奏法に関する優れた著作も現れている。
18世紀の中ごろから,大都市における公開演奏会が盛んとなり,一方,ウィーン古典派のソナタや協奏曲,弦楽四重奏を中心とする室内楽,交響曲などが形を整えていった。W.A.モーツァルト,ベートーベンの協奏曲とソナタは今日でも重要なレパートリーとなっている。ただこれらの古典派の曲は,バイオリン曲の作曲家と奏者の分離の始まりをも意味していた。オーケストラと室内楽に確固とした地位を占めたバイオリンは,なおいっそうの豊かな音量と輝かしい響きを求めて構造面にも変革が加えられた。〈オールド・バイオリン〉から〈モダン・バイオリン〉へという構造の変化とともに,1780年ころから弓の製作者トゥルトTourte父子によって始められた弓の改良は,バイオリン奏法に画期的な変化をもたらした。やや内側に反ったトゥルトの近代式の弓は,強弱の幅広い変化を容易にし,大編成の管弦楽に対抗しうる豊かな音量や,高度な弓使いの技巧を可能にしたのである。トゥルトの弓を導入したビオッティの近代的奏法は,その弟子バイヨPierre Baillot(1771-1842)やクロイツァーRodolphe Kreutzer(1766-1831),ロードPierre Rode(1774-1830)らに受け継がれ,19~20世紀のバイオリン演奏に影響を与えた。
19世紀に入ると,イタリアではオペラの隆盛に伴ってバイオリンの衰退が始まった。ただ例外的に,パガニーニの演奏技法の極限までの追求は,19世紀前半のバイオリン演奏に大きな影響を与え,ロマン派のピアノの名人芸的演奏への刺激剤となった。彼の作品のなかで最も有名なものは高度の技巧を展開した《無伴奏バイオリンのための24のカプリス》(1820)である。他方19世紀には,作曲家と演奏家が協力し合い,高度な演奏効果と作曲家の個人様式の追求を調和させることに成功した例も少なくない。メンデルスゾーンの《バイオリン協奏曲》にはダーフィトFerdinand David(1810-73)が協力し,J.ヨアヒムのためには,シューマン,ブルッフ,ブラームス,ドボルジャークなどが優れた協奏曲を書いている。高度の名人芸を優れた音楽性に結びつけようとした19世紀後半のバイオリン曲には,同時代の名演奏家P.deサラサーテにささげられたE.ラロの《スペイン協奏曲》(1873)やサン・サーンスの《バイオリン協奏曲第3番》(1880),またソナタとしては,ブラームスの3曲(1879,86,88),ベルギーの名手E.A.イザイエにささげられたC.フランクの傑作(1886),ノルウェーの抒情性に富んだE.グリーグの第3番(1887)などがあり,今日の演奏会の重要な曲目を形成している。
調性を離れた革新的な作曲語法の探究という20世紀音楽のおもな潮流は,バイオリンの旋律的性格とは異質な音響世界の構築へと向かった。しかし,従来の楽器から新しい音色と奏法を引き出そうとする試みは,バイオリンの響きに斬新な魅力を付け加えている。J.S.バッハ以来とだえていたポリフォニックな書法を要求する無伴奏ソナタが,イザイエやバルトーク,ヒンデミットの手によって自由な新しい表現の場として復活する一方,従来のソナタや協奏曲では,印象派の語法と古典主義との融合を示すドビュッシー晩年のソナタ(1917)以来,バイオリンの演奏技術を作曲家独自の書法に従わせる傾向が強まった。20世紀の代表的なバイオリン協奏曲としては,十二音技法に基づきながらもバイオリンの調性的色彩を生かすことに成功したA.ベルクの協奏曲(1935)や抒情性と多彩なリズムを結びつけたS.S.プロコフィエフの二つの協奏曲(1917,35),さまざまな語法実験をみごとに統一させたバルトークの《協奏曲第2番》(1938)などを挙げることができる。
日本にバイオリンが導入されたのは明治時代にさかのぼる。大正時代にはジンバリストEfrem Zimbalist(1889-1985),F.クライスラー,J.ハイフェッツなどの名演奏家が多数来日し,バイオリンへの関心が高まった。しかしバイオリンが一般化したのは昭和にはいってからであり,第2次世界大戦直前の時期には諏訪根自子,巌本真理,江藤俊哉,岩淵竜太郎などの演奏家が活躍している。第2次大戦以後,演奏,製作技術は急速な進歩を遂げ,バイオリンが衰退しつつあるヨーロッパに代わって,世界各国で独奏家としてまた交響楽団の一員として活躍する日本人演奏家が増大している。鈴木鎮一のバイオリン早期才能教育は海外でも注目を集め,とくにアメリカのいくつかの大学や音楽学校で実践されている。また製作面でも水準の高い楽器がアメリカなどに輸出されるようになった。戦後の日本人作曲家によるバイオリン曲には,1952年ガロア・モンブラン賞を受賞しパリで出版された平尾貴四男の《バイオリン・ソナタ》(1947),伝統音楽の語法の解体・再構成を試みた間宮芳生の《バイオリン協奏曲》(1959),三善晃のロマン的資質をよく示した《バイオリン協奏曲》(1965)などがある。
執筆者:片山 千佳子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
リュート属擦弦楽器。バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスからなるバイオリン族の高音楽器。西洋音楽を代表する弓奏楽器で、幅広い音域と豊かに変化する音量・音色によって管弦楽や室内楽で中心的役割を担っている。また、民族音楽でも広く用いられる。
[横原千史]
古代ギリシアの楽器キタラや西アジアのレバーブなどを起源とする中世の弦楽器ビウエラ、レベック、リラ・ダ・ブラッチョ、フィーデルから発展し、1520年ころその原型が生まれた。1550年ころには4弦の、現在とほぼ同形となり、広く普及し始める。現存する楽器の最初の製作者はA・アマーティAndrea Amati(1510ころ―1580ころ)、ダ・サロGasparo Bertolotti da Salo(1540―1609)である。その後すこしずつ改良が加えられ、ストラディバリAntonio Stradivari(1644―1737)やN・アマーティNicola Amati(1596―1684)、グアルネリGiuseppe Guarneri(1698―1744)らクレモナの巨匠たちによって音量・音色ともに後世の模範となる完璧(かんぺき)な形に仕上げられた。彼らの弟子たちのほかに、イタリアではガダニーニ派、テストーレ派、ガリアーノ派など多くの流派と名作者が生まれ、バイオリン製作の最盛期を迎えた。ドイツではシュタイナーJakob Steiner(1617ころ―1683)、クロッツMatthias Klotz(1653―1743)らのミッテンワルト、フランスではビヨームJean-Baptiste Vuillaum(1798―1835)らのミルクールが製作の中心地となった。
近代に入ってしだいに音量への要求が高まるにつれて、弦の張力が増し、棹(さお)の長さ・角度、駒(こま)、力木(ちからぎ)など細かな点に変更が加えられたが、おもな共鳴部分である胴はまったく変わらなかった。弓も同様に張りの強いものに変わっていき、フランスのトゥールトFrançois Tourte(1747―1835)が模範的な形を完成させた。以後、変化はない。
現代ではこれら17、18世紀の楽器が名器として珍重され、きわめて高価なものとなっているが、それらには美術品的、骨董品(こっとうひん)的な価値も多分に付与されている。新作でも古名器に劣らぬ楽器も少なくない。
[横原千史]
全長は約60センチメートルで、胴・棹・弦・駒・緒止(おどめ)の各部分に分かれる。胴は表(おもて)板・裏(うら)板・横板からなる共鳴箱で、音のよしあしを左右する。表板にはアカモミ、マツ、裏板と横板にはカエデの良質な材料が吟味され、各板とも厚さ1~5ミリメートルで精巧な湾曲がつくりだされる。表板には左右対称に二つのf字型響孔があけられ、その横線にあわせて駒が置かれる。胴内部、つまり駒の左右の足の裏側にはそれぞれ力木と魂柱(こんちゅう)が取り付けられ、これらは単なる補強だけでなく振動の伝達・均一化の役割をもち、低音・高音の音色を豊かにしている。各板の表面に塗られた油ワニスは音色への影響が議論されることもあるが、美観と木材の保護の役割のほうが大きい。
棹は、糸巻のある箱型にくりぬかれた糸蔵(いとぐら)、上部の渦巻とともに1本のカエデ材から削り出され、胴に接着される。表面には黒檀(こくたん)製でフレットのない指板が胴中央部までせり出してつけられる。糸蔵にはテーパー状の糸巻が差し込まれ、緒止からの弦の張力を摩擦で止めながら調節する。
弦は19世紀までガット(羊腸)またはガットに金属を巻いたものが使われたが、近年ではスチール製のものが多用される。右から、(1)E線、(2)A線、(3)D線、(4)G線とよばれ、5度ずつ低くE5―A4―D4―G3と調弦される。各弦はそれぞれ異なる音色をもつ。
駒はカエデ製で、その薄板にはハート形の穴と切れ込みが入っており、これによって適度の伸縮が生まれ、弦の振動を表板に伝える。必要に応じて駒に弱音器を差し込むが、これは振動を抑制して弱音効果を生むだけでなく、異質な音色を生み出す。
弓は約75センチメートルで、ペルナンビーコやスネークウッド製の細く弾力がある弓身に、馬の尾の毛百数十本を束ね、ねじで張力を加減しながら引き付ける。毛の表面の粗さと松脂(まつやに)の塗布による摩擦によって弦が連続微小振動をおこし、発音する。
以上の標準的な型のほかに、子供用の7/8、3/4、1/2、1/4、1/8の小型のものや、練習用無音バイオリンもある。
[横原千史]
奏法や構え方は時代、地域によりさまざまである。もっとも標準的な構え方は、あごと左鎖骨で挟み、楽器を水平に支える方法である。
左手はまったく自由に弦上を動くようにする。人差し指を基準として、音階構成音に従って各指を押さえる形を決め、人差し指をずらすことでポジションを変える。ポジションは遠いほうから順に第1、第2、……とよばれ、通常第7ポジションまで用いられる。こうしてG3―E8の5オクターブに近い広い音域が得られる。音を奏するには親指を除く4指を用いるが、その特徴的な技法としては、指を震わせて音色に微妙なニュアンスを加えるビブラート、軽く押さえることによってオクターブあるいはそれ以上の倍音を出すフラジョレット、跳躍音程を滑らかに移すポルタメントなどがある。
右手は弓身の毛止めの部分を軽く持ち、手首をしなやかにして弓を動かす。弓は駒と指板の切れ目の中間の弦上に置き、指で圧力を加減する。その際、音色は駒に近づくほど硬くなる。この弓の操作によって、滑らかなレガートから、歯切れのよいスタッカート、細かいトレモロ、強いアクセントに至るまで多様な表現が可能となる。特殊な運弓法に、弓の弾力性を利用し、弓を跳躍させて細かい音を出すスピッカート、駒のところで弾くスル・ポンティチェッロ、弓身で弦をたたくコル・レーニョなどがある。
このほか、2本以上の弦を同時に鳴らして和音を出す重音奏法、弦を指ではじくピッチカート、弱音器で鼻にかかったような音色にするコン・ソルディーノ、正規の調弦を変えるスコルダトゥーラなど、さまざまな技法で多彩な音色が可能となる。
[横原千史]
16世紀初頭に生まれたバイオリンは当時流行していたビオールほど人気がなく、品のない大きな音を出す楽器とされ、5度調弦の特性から、長く舞踊を伴奏する下級楽士の楽器であった。しかし音楽の嗜好(しこう)がしだいに変化し、モンテベルディのオペラ『オルフェオ』(1607)におけるバイオリンの使用、最初の大演奏家兼作曲家マリーニBiagio Marini(1597ころ―1665)の登場を契機として、しだいに合奏のなかで用いられるようになる。この傾向を決定的にしたのがコレッリで、彼はそれまでのソナタを集大成した。その影響下に、合奏協奏曲のビバルディをはじめ、第14ポジションまで駆使したロカテッリP. A. Locatelli(1695―1764)、優れた教則本の作者でもあったジェミニアーニF. S. Geminiani(1687―1762)、アルビノーニT. Albinoni(1671―1750)、タルティーニG. Tartini(1692―1770)ら多くの作曲家がバイオリン音楽の黄金時代を築いた。これはまさに楽器製作の最盛期と一致する。彼らの作品によって合奏におけるバイオリンの重要性が決定づけられ、同時に独奏協奏曲への道が開かれた。この延長線上にJ・S・バッハ、ヘンデル、テレマン、モーツァルトらの協奏曲が生まれる。
ドイツではビーバーHeinrich Ignaz Franz von Biber(1644―1704)、ワルターJohan Jakob Walther(1650ころ―1717)らが変則的な調弦法スコルダトゥーラを用いて多声ソナタを書き、その伝統のうえにJ・S・バッハが『無伴奏バイオリン・ソナタとパルティータ』(1720ころ)で芸術的に完成させた。このようなソナタの伝統はC・P・E・バッハ、シュターミッツらのトリオ・ソナタへと変容していき、モーツァルト、ベートーベンのバイオリン・ソナタへと発展してゆく。
18世紀末の弓の改良とともにビオッティG. B. Viotti(1755―1824)が近代奏法を確立し、その弟子で名演奏家兼教育家のクロイツェルRodolphe Kreutzer(1766―1831)、バイヨPierre M. F. d. S. Baillot(1771―1842)、ロードPierre Rode(1774―1830)の流派は現代にまで及ぶ。またパガニーニが圧倒的名人芸で世界を席巻(せっけん)し、以後、作曲家から独立したビルトゥオーゾたちが名技性を競うようになる。それは、作曲家でもあったビュータンHenry Vieuxtemps(1820―1881)、サラサーテ、ドイツ古典の普及に努めたヨアヒムJoseph Joachim(1831―1907)、フランスの作曲家に影響を与えたイザイEugène Auguste Ysaÿe(1858―1931)、偉大な教育者でもあったアウアーLeopord Auer(1845―1930)、フレッシュCarl Fresch(1873―1944)を経て、エルマン、チボー、ブッシュ、クライスラー、シゲッティ、ハイフェッツ、オイストラフと現代の名手まで脈々と続く傾向である。これらの名手、教育家の努力により、ビブラートや柔軟な運弓法をはじめ、多様で豊かな音色、正確な音程、イントネーションなどを生み出すさまざまな技法の平均水準が確実に高められたといえよう。
このような名人芸が最高度に発揮されるのがロマン派の協奏曲であり、ベートーベン、メンデルスゾーン、ブラームス、ラロ、サン・サーンス、ビニヤフスキ、チャイコフスキー、ドボルザーク、シベリウスらによって多くの名曲が生み出された。技巧の洗練度は交響曲、管弦楽曲、室内楽曲のバイオリン・パートにも波及し、ますますその重要性を強めることとなる。ソナタではベートーベン以降、ブラームス、グリーグ、フランク、フォーレらの作品が傑作として名高い。
20世紀前半にはレーガー、ヒンデミット、ストラビンスキー、プロコフィエフ、シェーンベルク、ベルク、ショスタコビチらが協奏曲を書いているが、現代の全般的な傾向としては新作におけるバイオリンの使用頻度はかつてより減少し、むしろ古典の再現に演奏家の重点は移っているといえる。また近年、18世紀以前の音楽については、ガット弦で張力の弱いオールドまたはバロック・バイオリンを用いて演奏されることも多い。
[横原千史]
バイオリンはその音量の大きさ、音色の多彩さなどの優れた特質によって、西洋芸術音楽のみならず、広く世界の民族音楽にも普及している。一般にその特性から土着の伝統楽器にとってかわり、ときには民族的変形を伴いながら、主として民族舞踊や民謡の伴奏、民族楽器のアンサンブルに用いられる。構え方は、あごで挟むよりも胸に当てて左手で支えることが多く、ポジション移動は少ない。ヨーロッパでは17世紀に北欧に入り、18世紀初頭にはヨーロッパ全体に浸透した。それらにおいては、開放弦を持続音とし、他の弦で旋律を奏することが多い。特徴的な用法としては、南欧・東欧のジプシー・アンサンブル、ポーランドの高音域のフレットをもつ楽器マザンキ、ルーマニアやモルダビアの変則的調弦法スコルダトゥーラと自由律音楽ドイナ、バルト諸国の重音メリスマなどがある。
ヨーロッパ以外へはおもにポルトガル人宣教師や商人が植民地で広め、18世紀の終わりごろから普及していった。アジアのなかでもとくに南インドでは、古典芸術音楽の声楽伴奏や独奏の楽器として早くから取り入れられた。あぐらをかき、右足に楽器の渦巻を当てて緒止(おどめ)掛けを胸に押し付ける独特の構えで左手を自由にし、広い音程に及ぶ複雑な装飾音形などを奏する。このほか、垂直に立てて構えるトルコや北アフリカ、民族楽器と合奏するマレー宮廷舞踊が特徴的である。北アメリカではイギリス系の奏者が伝統的奏法を守り、1000曲以上のレパートリーをもつ一方、カントリー・アンド・ウェスタンのなかで独自のリズミカルな様式を生み出したり、南部の黒人系奏者が独自のスタイルやリズムを打ち出したりしている。後者の活発な様式はメキシコのアンサンブルにも影響を与えている。楽器の変形例としてはペルーのバルサフィードル、ジャマイカの竹バイオリンなどがある。
[横原千史]
『フランツ・ファルガ著、佐々木庸一訳『ヴァイオリンの名器』(1960・音楽之友社)』▽『マルク・パンシェル著、大久保和郎訳『ヴァイオリン』(白水社・文庫クセジュ)』▽『渡辺恭三著『ヴァイオリンの銘器』(1984・音楽之友社)』▽『佐々木庸一著『魔のヴァイオリン』(1982・音楽之友社)』▽『佐々木庸一著『ヴァイオリンの魅力と謎』(1987・音楽之友社)』▽『ヨアヒム・ハルトナック著、松本道介訳『二十世紀の名ヴァイオリニスト』(1971・白水社)』
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…ビオラ・ダ・ガンバ(脚のビオラの意)と,ビオラ・ダ・ブラッチョviola da braccio(腕のビオラ。バイオリン)である。おのおの大小相似の楽器で一族を構成している。…
※「バイオリン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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