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随心院 ズイシンイン

世界大百科事典 第2版の解説

ずいしんいん【随心院】

京都市山科区小野にある真言宗善通寺派の大本山。通称小野門跡。平安中期に真言宗小野流の開祖仁海僧正が開創したと伝える牛皮山曼荼羅(まんだら)寺を起源として,5世増俊のとき随心院と改称。鎌倉時代に最盛期を迎え,門跡寺院・天皇祈願所となり,堂宇も整備されて多くの寺領荘園をもち,真言宗の二大法流の一つ小野流の大道場として栄えた。だが,応仁の乱で炎上,中世末には衰微した。近世になって,寺領612石余,堂宇も現在見るように再建された。

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大辞林 第三版の解説

ずいしんいん【随心院】

京都市山科区小野にある真言宗善通寺派の大本山。山号、牛皮山。平安中期、仁海の開基した曼荼羅寺に始まり、真言宗の小野流の大道場として栄えた。1931年(昭和6)小野派を改称して、善通寺派となった。通称、小野門跡。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

随心院
ずいしんいん

京都市山科(やましな)区小野御霊(おのごりょう)町にある真言(しんごん)宗善通寺派の寺。牛皮山(ぎゅうひさん)と号する。俗に随心院門跡(もんぜき)、小野門跡という。本尊は如意輪観音(にょいりんかんのん)。1018年(寛仁2)仁海(にんがい)が創建し、牛皮山曼荼羅寺(まんだらじ)と称して如意輪観音を安置したのに始まる。仁海は法験を現し、事相(じそう)に優れて小野流を開いたが、その門葉から小野六流が分派した。なかでも第5世の増俊(ぞうしゅん)が随心院流をおこして以来、曼荼羅寺の一院であった随心院が一山の名称となった。鎌倉時代には門跡寺院となり、大いに発展したが、応仁(おうにん)の乱のとき炎上し、1599年(慶長4)曼荼羅寺の旧跡に随心院が再興された。明治時代には真言宗小野派の本山であったが、1931年(昭和6)真言宗善通寺派と合併した。現在は本堂、表書院、大玄関、庫裡(くり)などがあり、境内は国史跡。寺宝には、阿弥陀如来坐像(あみだにょらいざぞう)(平安後期)、金剛薩(さった)坐像、絹本着色愛染(あいぜん)曼荼羅図、随心院文書などの国重要文化財がある。[勝又俊教]

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世界大百科事典内の随心院の言及

【深草】より

…《千載集》巻四の〈夕されば野辺の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里〉は藤原俊成が自作の最高の作と人々に語った(《無名抄》)歌として著名である。深草少将(伏見区西桝屋町の欣浄寺(ごんじようじ)がその宅址と伝える)が山科小野の随心院にあった小野小町の宅へ百夜(ももよ)通った伝説があり,謡曲《通小町(かよいこまち)》《卒都婆小町》《墨染桜》などに劇化されている。【奥村 恒哉】。…

※「随心院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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