尺別村(読み)しやくべつむら

日本歴史地名大系 「尺別村」の解説

尺別村
しやくべつむら

[現在地名]白糠(しらぬか)郡音別町あけぼの・朝日(あさひ)・海光(かいこう)・川東(かわひがし)・共栄(きようえい)・中園(なかぞの)・風連(ふうれん)・緑町(みどりまち)・本町(もとまち)・若草(わかくさ)・字音別・字音別北一条通(おんべつきたいちじようどお)り・字上音別(かみおんべつ)・字中音別(なかおんべつ)・字音別原野(おんべつげんや)・字音別原野基線(おんべつげんやきせん)・字尺別・字尺別原野(しやくべつげんや)・字尺別原野基線(しやくべつげんやきせん)・字直別(ちよくべつ)・字直別裏通(ちよくべつうらどおり)・字直別原野(ちよくべつげんや)・字直別原野基線(ちよくべつげんやきせん)・字直別停車場通(ちよくべつていしやじようどお)り・字直別仲通(ちよくべつなかどおり)・字チャンベツ・字チャンベツ右岸(うがん)・字カラマンベツ・字タンネナイ・字ヌプキベツ・字ヌプキベツ原野(げんや)・字ヌプキベツ原野基線(げんやきせん)・字馬主来(ばしくる)・字ムリ・字ムリ原野(げんや)・字ムリ原野基線(げんやきせん)・字ホロオンベツ

明治八年(一八七五)から大正一一年(一九二二)まで存続した白糠郡の村、明治八年四月白糠村(現白糠町)の西方部を分割して設置された(「事業報告」第一編)。シャクベツ、チュクベツなどの地が包含される。ほぼ中央の音別川、西寄りの尺別川、西端の直別川の三河川流域を中心とする。「釧路国地誌提要」に尺別村とあり、アイヌの戸口は一三戸・五六人(男三〇・女二六)、寄留の戸口は一戸(平民)・二人(男女各一)。明治六年一〇月二九日、十勝国大津(おおつ)から白糠へ向かった榎本武揚は尺別で昼食をとっており、帰路の一一月一四日には「シヤクベツ番屋」で一泊した(北海道巡廻日記)。同一五年八月八日、内務省属吉田健作は「此所札幌、根室両県ノ境ニシテ旅亭一軒アルノミ」と記している(北海道紀行)。東海岸道南路が村内を通り、明治一一年五月、同年設置の同道の尺別駅逓に年間補助金八〇円と駅逓馬二〇頭が配置された(「事業報告」第四編)。同二〇年には中村守重により音別に牧場(中村牧場)が開かれ、馬、続いて牛の飼育が始められ(状況報文)、その後軍用馬を生産・販売する牧場が続いた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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