デジタル大辞泉
「尾崎雅嘉」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
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おざき‐まさよし【尾崎雅嘉】
- 江戸後期の国学者。号、華陽・春の屋。大坂に住み、和歌、国学を修める。書賈を営むとの説もあるが確かではない。幅広く諸書を渉猟して博識。「群書一覧」「百人一首一夕話」「事物博採」などを著わす。宝暦五~文政一〇年(一七五五‐一八二七)
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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尾崎雅嘉 (おざきまさよし)
生没年:1755-1827(宝暦5-文政10)
江戸後期の国学者。大坂の人。通称俊蔵,号は蘿月。家業はもと医者,一説に書店。はじめ奥田尚斎について儒学を修め,のち独学で和漢の書を渉猟した。博覧強記をもって知られ,とくに雅嘉が最も心血を注いだ《続異称日本伝》や国書の解題集である《群書一覧》は名高い。また歌学にも秀で,《古今和歌集鄙言(ひなことば)》《百人一首一夕話》はよく流布した。家集に《蘿月庵歌文集》がある。
執筆者:鈴木 淳
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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尾崎雅嘉 おざき-まさよし
1755-1827 江戸時代中期-後期の国学者。
宝暦5年生まれ。奥田尚斎に儒学をまなぶ。のち契沖(けいちゅう)の著作についてまなんで国学をおさめ,和書の書誌解題「群書一覧」や「続異称日本伝」などおおくの著作をのこした。文政10年10月3日死去。73歳。大坂出身。字(あざな)は有魚。通称は春(俊)蔵。号は華陽,蘿月庵,春の屋,博古知今堂。著作はほかに「事物博採」など。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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尾崎雅嘉
おざきまさよし
[生]宝暦5(1755).大坂
[没]文政10(1827).10.3. 大坂
江戸時代後期の国学者。号は蘿月庵,華陽。初め儒学を学び壮年には医を業としつつもっぱら和学を唱えた。主著『群書一覧』『百人一首一夕話』。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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