山屋敷遺跡(読み)やまやしきいせき

日本歴史地名大系 「山屋敷遺跡」の解説

山屋敷遺跡
やまやしきいせき

[現在地名]上越市山屋敷町

高田平野西端部の山麓にほぼ南北方向にひろがる平山段丘上にある縄文時代の遺跡。上越教育大学敷地に含まれたため、昭和五二年(一九七七)に発掘調査。

遺構は北に開口する弧状の集落跡。五五基の竪穴住居跡は、中期前葉から後葉までの住居跡で、なかでも中葉に属するものが多い。構造は前葉では楕円形円形竪穴が多く、中葉・後葉ではほとんど円形である。


山屋敷遺跡
やまやしきいせき

[現在地名]久慈市宇部町 山屋敷

宇部うべ川とその支流谷地中やちなか川によって形成された河岸段丘平坦面緩斜面にある。標高四二メートル。昭和四七年(一九七二)地表の黒色土変化によって二四棟の住居跡が確認され、谷を隔てた上新山かみにいやま遺跡とともに特殊遺跡として注目され、保護対策が強く望まれた。発掘調査は同四九年遺跡中央部に存在する竪穴住居跡一棟のみが行われた。奈良時代後期のもので、形状は隅丸方形、規模は五・五×五・四メートル。柱穴・周溝は確認できなかった。竈は北壁中央部に構築されており、袖は粘土質のシルトで作られ、煙道部は比較的短い。床面直上に焼土・炭化材の広がりが認められ、焼失家屋であることを示している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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