コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

山田右衛門作 やまだえもさく

4件 の用語解説(山田右衛門作の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

山田右衛門作
やまだえもさく

江戸時代初期の洋風画家。伝記や画歴は不明な点が多い。長崎近傍に育ち幼くして耶蘇会の修学寮で西洋画法を修得,寛永 14 (1637) 年島原の乱で反乱軍の部将をつとめた。落城後は松平信綱によって江戸へ招致され,キリシタン目明しとなり犯人刑罰の模様などを洋風画法で描写。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山田右衛門作 やまだ-えもさく

?-1655? 江戸時代前期のキリシタン,画家。
島原の乱で原城にこもるが,幕府方に通じたといわれる。落城後ひとりゆるされ,古庵また祐庵と称して江戸で余生をおくった。天草四郎の陣中旗「聖体讃仰天使図」の作者とされる。明暦元年?死去。名は「うえもんさく」「よもさく」ともよむ。

出典|講談社
デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

山田右衛門作

生年:生没年不詳
江戸前期の南蛮絵師。「えもさく」ともいう。出自,経歴不明。島原の領主有馬氏譜代の臣で,棄教した有馬直純の日向(宮崎県)転封後,新たに島原に入部した松倉氏に絵師として仕えたらしい。寛永14(1637)年,島原の乱が勃発すると,妻子を人質にとられるなど強制されて一揆に参加,原城に籠城。出陣した旧主有馬氏の陣に内通し,これが発覚して城中に幽閉される。落城のときに救出され,その後,鎮圧に当たった松平信綱に連れられ江戸に行き,信綱の邸内に住む。晩年については不明。右衛門作の作品として確認されるものはないが,島原の乱の城中旗「聖体讃仰天使図旗」(天草本渡キリシタン館保管)は右衛門作または門下の作といわれる。

(村井早苗)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
朝日日本歴史人物事典について | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

やまだえもさく【山田右衛門作】

江戸初期の絵師。生没年不詳。恵茂作,右衛門佐ともあり,島原の乱の籠城者のうちただ一人〈返忠〉により助命された。その〈口書〉は一揆側の情勢や助命の経緯を詳述するが,一概には信じられない。また〈四郎の指物〉なる聖旗は彼が描いたとされるが,かつてのキリシタン行列の旗という説もある。乱後,松平信綱のもとで絵業とキリシタン目明を務め,1655年(明暦1)ころ80歳余で,長崎または江戸で没した。【中村 質】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

稀勢の里寛

1986- 平成時代の力士。昭和61年7月3日生まれ。中学卒で鳴戸部屋に入門し,平成14年3月初土俵。16年5月新十両,同年11月には18歳4ヵ月で新入幕をはたす。18年7月新三役小結,21年3月新関...

続きを読む

コトバンク for iPhone

山田右衛門作の関連情報