岩屋河内村(読み)いわやがわちむら

日本歴史地名大系 「岩屋河内村」の解説

岩屋河内村
いわやがわちむら

[現在地名]嬉野町大字岩屋川内(いわやがわち)字上岩屋(かみいわや)・下岩屋(しもいわや)・大野原(おおのはら)

現嬉野町の西南にあり、長崎県と山野をもって境をなし、北には塩田川が北東の方向へ流れている。正保絵図に村名がみえる。江戸時代は蓮池(はすのいけ)支藩と本藩で分轄し、山野に属する分は本藩領。現大野原の高原地帯からは縄文時代の石器が出土(大野原遺跡)しているが、大野原の村落は江戸時代の中期頃から出来上ったものと思われる。

大野原の大多布には一の宮神社がある。


岩屋河内村
いわいがわちむら

[現在地名]芦北町大岩(おおいわ) 岩屋川内(いわいがわち)

吉尾(よしお)川の上流に沿う山間の集落で、一帯は石灰石の岩場や転石が多く、下流から吉尾・大河内(おおかわち)・岩屋河内と続く。「いわいぐち」とも発音する。寛永一六年(一六三九)の葦北郡地侍御知行割帳(徳富文書)に岩井川内村とある。


岩屋河内村
いわやかわちむら

[現在地名]田浦町田浦

田浦川の中流部にあり、北は宮後(みやのうしろ)村、西は田浦村、南は大木場(おおこば)村と猪山(いのやま)村に接する。耕地と集落が田浦川岸の狭い地域に集中した小山村。寛永郷帳に村名がみえず、「肥集録」には田浦村のうちとあり、のちに田浦村から分村した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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