川柳との交錯

ことわざを知る辞典 「川柳との交錯」の解説

川柳との交錯

ことわざは、和歌であれ散文であれ、どんなジャンルのものでも素材として取り込みます。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」は、一説に古歌「山川の末に流るるとちがらも身を捨ててこそ浮かむ瀬もあれ」の下の句から出たといわれます。また、「遠くて近きは男女の中」が枕草子の一節に由来することは有名でしょう。

■ことわざは、詩ではなく散文の部類ですが、特に短詩型文学といわれる俳句川柳とは一種の近縁関係にあります。「物言えば唇寒し」は、いまも日常生活で時折り使われますが、芭蕉の句「物いえば唇寒し秋の風」の後半を省略したものです。「秋の風」は季語ですが、ことわざは頓着せずカットし、作者の芭蕉をほとんど意識しません。現代の著作権の感覚からすると、個人の作品を勝手に短くすることは許されませんが、ことわざは一種の集団文芸で、もともと著作権のない世界というべきでしょう。

■川柳由来のものでは、「知らぬは亭主ばかりなり」が、時に「亭主」を他の語(部長など)にかえて、よく使われています。元句は、「町内〔古くは「店中」〕で知らぬは亭主ばかりなり」でした。そのほか、「色男金と力はなかりけり」や「大男総身に知恵が回りかね」「講釈師見てきたような嘘をつき」などは、川柳の形式をそなえていますが、そのままことわざとしても使われてきたといってよいでしょう。これは私の独断ではなく、明治期のことわざ集には、これらの表現を収録するものがあり、歌舞伎の「河内山」には「たとえに申す色男、金と力のなさそうな働きのない直次郎」という台詞せりふも出てきます。この「譬え」はことわざをさしますから、よく知られた川柳で、同時にことわざと認識されるものがあったことになります。

■さらに、ことわざのなかには、「下手の考え休むに似たり」や「桂馬の高飛び歩の餌食」のように、ちょっと聞くと川柳のようですが、指を折って数えてみると、五七五ではないものもあります。

■このようにみてくると、どうやら川柳とことわざは複雑に交錯し、絡み合っているようです。不可解に思われるかもしれませんが、形式にこだわらず内容本位でみると、川柳の穿うがち(見えにくいものを鋭く指摘すること)とことわざの批評精神はおおむね重なり合っており、だからこそ交錯するのではないでしょうか。

出典 ことわざを知る辞典ことわざを知る辞典について 情報

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