日本歴史地名大系 「川棚村」の解説
川棚村
かわたなむら
現豊浦町の中央に位置し、北は
村域の南端
古代末から中世にかけては河棚庄とよばれ、京都
とある。今も川棚川の河口近くの畑に銅滓包含地・鉄滓散布地がある。
中世末期から近世初期にかけても、河棚庄とよばれており、天文二二年(一五五三)六月一六日付の勝間田盛保に対する内藤興盛の宛行状(「閥閲録」所収)には「兼又於雲州尼子要害大手虎口、分捕高名神妙之至感悦候、其節雖令扶助少分之間、袷云恰、長州豊西郡河棚庄分領内百石足地
川棚村
かわだなむら
- 山梨県:都留市
- 川棚村
蛇行しながら北東流する桂川の左岸に位置し、対岸は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報