改訂新版 世界大百科事典 「巡回講演」の意味・わかりやすい解説
巡回講演 (じゅんかいこうえん)
19世紀アメリカで,全国を巡回した専門家による講演活動。広大な国土に人々が散らばって住むアメリカでは,文化は大都市に居座ってその享受者を待つよりも,みずから進んで地方に進出した。そして19世紀の末までは,まだマスコミが発達せず,文字の読めない者にもわかる講演が文化伝達の重要な媒体だった。1826年,ニューイングランド地方にライシーアムlyceumという文化団体ができ,数年で全国の市町村にひろまった。このライシーアムの活動の中心が講演であった。科学,歴史,地理,道徳などに関する〈教育〉的内容のものが中心だったが,やがて庶民の好奇心に訴えるものも多くなった。思想家のエマソン,詩人で旅行家のテーラーBayard Taylor,雄弁な牧師のビーチャーHenry W.Beecher,禁酒主義者のグーJohn B.Goughなどは,そのスターだった。
南北戦争後,西部が開け,文化が宗教性よりも世俗性の強いものになってきたこともあって,講演の内容は〈教育〉より〈娯楽〉への比重を高めた。またレッドパスJames Redpathのような講演斡旋業者も現れた。この頃から文学的コメディアンliterary comedianと呼ばれる人たちのユーモア講演もはやり,ビリングズJosh Billings,ナズビーPetroleum V.Nasby,ウォードArtemus Wardなどが活躍,その大立者のマーク・トウェーンは国民的ヒーローとなった。プロの巡回講演はしだいに衰えたが,74年に発足したショトーカ運動と呼ばれる文化運動によって,その〈教育〉的な面を受け継がれたともいえる。不特定多数の聴衆に直接的に訴える講演は,独特の親しみやすさをもつ表現法を育て,アメリカ人の精神形成にも大きな役割を果たしてきた。
執筆者:亀井 俊介
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報