常山城跡(読み)つねやまじようあと

日本歴史地名大系 「常山城跡」の解説

常山城跡
つねやまじようあと

[現在地名]玉野市宇藤木・用吉・木目、児島灘崎町迫川

玉野市と灘崎なださき町との境に位置する標高三〇七メートルの常山山頂一帯に広がる戦国期の山城。築城期は不明であるが、戦国期初頭に上野土佐守・同肥前守の築城ともいう(備前軍記)。現在の児島こじま湾が東西水路の要衝であった戦国期までは郡全体が備前備中・四国勢力の攻防の舞台であり、湾沿岸に突き出したこの山は重要な軍事拠点であった。現存遺構は郭・石垣・井戸・堀切などで、山頂にある本丸から北と北東方向に延びる尾根栂尾とがのお丸・青木あおき丸・惣門そうもん丸などが築かれている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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