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平維衡 タイラノコレヒラ

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デジタル大辞泉の解説

たいら‐の‐これひら〔たひら‐〕【平維衡】

平安中期の武将。貞盛の子。伊勢平氏の祖。武勇にすぐれ、源頼信・平致頼(むねより)・藤原保昌とともに四天王と称された。常陸介(ひたちのすけ)・佐渡守などを歴任、のち伊勢守となった。生没年未詳。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

平維衡 たいらの-これひら

?-? 平安時代中期の武人。
平貞盛の子。伊勢(いせ)(三重県)を本拠として同族の平致頼(むねより)と抗争。寛弘(かんこう)3年(1006)伊勢守に任じられるが,藤原道長の反対で解任された。その後道長,藤原実資(さねすけ)らに接近し,上野介(こうずけのすけ),備前守,常陸介(ひたちのすけ)などをつとめた。伊勢平氏の祖とされる。

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朝日日本歴史人物事典の解説

平維衡

生年:生没年不詳
平安中期の武将。父は将門の乱(935~40)を平定した貞盛。上野(群馬県),常陸(茨城県),下野(栃木県)といった東国の守を歴任し,京にあっては帯刀舎人として出仕した。伊勢国(三重県)に勢力を広げ,長徳4(998)年,同じように伊勢国内に進出しようとしていた同族の平致頼と所領をめぐって争った。そこで朝廷では国司に命じて両者を京に召喚し,致頼は位階を取りあげたうえで隠岐(島根県)へ流し,維衡は位階を帯したままで淡路国(兵庫県)へ移した。処分が致頼より軽かったのは合戦を仕掛けたのが致頼の方とみなされたかららしい。許されて帰京した維衡は寛弘3(1006)年,右大臣藤原顕光の推挙で伊勢守となったが,藤原道長は,事件を起こした国の守に任命するとはなにごとか,と憤慨したという。清盛へと続く伊勢平氏の祖である。

(朧谷寿)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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大辞林 第三版の解説

たいらのこれひら【平維衡】

平安中期の武将。貞盛の子。惟衡とも。伊勢平氏の祖。藤原保昌・平致頼むねより・源頼信と並んで四天王と称された。のち伊勢守。その流れを伊勢平氏という。生没年未詳。

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世界大百科事典内の平維衡の言及

【伊勢国】より

…旧国名。勢州。現在の三重県東部。
【古代】
 東海道に属する大国(《延喜式》)。国名は,〈伊勢国風土記〉逸文に,伊勢津彦が国土を献じ,風を起こし波に乗って東方に去ったので,神武天皇の命により国神の名をとって命名したという説話がある。〈神風の〉という伊勢の枕詞もこれによる。国府は現,鈴鹿市国府町にあった。桑名,員弁(いなべ),朝明(あさけ),三重,鈴鹿,河曲(かわわ),奄芸(あむぎ∥あんへ),安濃,壱志(いちし),飯高,多気(たけ),飯野,度会(わたらい)の13郡を管する。…

【伊勢平氏】より

…桓武平氏平貞盛の子維衡(これひら)を祖とする武士団。10世紀後半以降,伊勢に勢力を占めた平氏には,維衡流と平良兼の孫致頼の一流があった。両流の998年(長徳4)および1030年(長元3)の両度の合戦の結果,維衡流が伊勢平氏としての地位を確立した。伊勢平氏は伊勢国多度神宮寺を氏寺とし,嫡流は正輔―正度―正衡―正盛(清盛の祖父)へと継承されるとともに,多くの庶家を分出し伊賀・尾張にまで勢力を拡大した。彼らは朝廷の諸衛官人・検非違使に任ぜられるとともに,有力貴族の私的武力としての家人になり京都で活躍し,また受領の郎等として地方にも勢力を扶植,さらには院の北面・近臣の地位を獲得することになった。…

【桓武平氏】より

…賜姓平氏のうち桓武天皇の皇子・皇孫に系譜をもつものの称(図)。桓武平氏に葛原(かつらはら)親王流・万多(まんだ)親王流・仲野親王流・賀陽(かや)親王流などがあり,さらに葛原親王流も高棟(たかむね)王流と高望(たかもち)王流とに分かれる。しかし,一般にはこれらの諸流のうちとくに高望王流の平氏を桓武平氏という場合が多い。
[東国の諸平氏]
 葛原親王の子高見王(高棟王の弟)の子が高望王で,彼は889年(寛平1)8月に平姓を与えられ,上総介になったことから,その子孫が東国地方に繁衍(はんえん)する基が開かれた。…

※「平維衡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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