百科事典マイペディア 「藤原保昌」の意味・わかりやすい解説
藤原保昌【ふじわらのやすまさ】
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…彰子のまわりには,紫式部,赤染衛門らがいた。式部は女房として仕えるうちに,道長の家司藤原保昌の妻となり,丹後守に任ぜられた夫に伴われて同国へ下った。25年(万寿2),若くして歌人として名を知られた小式部内侍に先立たれ,悲しみに沈んだが,33年(長元6)以後の諸記録に式部の名を見いだすことはできない。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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