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広田三原則 ひろたさんげんそく

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

広田三原則
ひろたさんげんそく

1935年 10月4日岡田啓介内閣の陸相,海相,外相の間で了解され,36年1月の第 68帝国議会で発表された対中国政策に関する3つの原則。広田弘毅外相の名を取りこの名称で呼ばれる。 (1) 排日言動の徹底的取締り,(2) 満州国独立の黙認および満州国と華北との経済的文化的な融通提携,(3) 外モンゴルなどからくる赤化勢力の脅威に対する共同防共がその要旨である。

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世界大百科事典内の広田三原則の言及

【華北工作】より

…36年2月には陝西省に根拠地を作った共産軍が山西省に進出して〈内戦停止,一致抗日〉を呼びかけた。日本は排日停止,満州国承認,共同防共のいわゆる広田三原則を中国に要求していたが,5月には支那駐屯軍を一方的に増強した。冀東防共自治政府は2月から正規関税の1/4の手数料をとっていわゆる冀東密貿易を公認し,日本軍はこれから工作費を吸い上げた。…

【日中戦争】より

…蔣介石を中心とした中国国民政府は,まず共産軍を掃討したあと日本に当たるという〈安内攘外〉策をとり,日本の侵略に対して妥協的だったが,中国共産党は抗日統一戦線を提唱し,民衆の間にも内戦停止・一致抗日を求める運動が広がった。これに対して日本は日中提携・満州国承認・共同防共の広田三原則を中国に押しつけようとしたが,中国では国民政府による国内統一の進展と抗日救国運動の高揚を背景に36年末,西安事件を機として内戦停止が実現した。日本でも中国政策の再検討が叫ばれ,林銑十郎内閣の佐藤尚武外相は国民政府による中国統一を認める方向で国交改善を図り,陸軍でも参謀本部の石原莞爾(かんじ)作戦部長らは生産力拡充のため戦争を避け日中経済提携をすすめようとした。…

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