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延徳 エントク

大辞林 第三版の解説

えんとく【延徳】

年号(1489.8.21~1492.7.19)。長享の後、明応の前。後土御門ごつちみかど天皇の代。

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日本の元号がわかる事典の解説

えんとく【延徳】

日本の元号(年号)。室町時代(戦国時代)の1489年から1492年まで、後土御門(ごつちみかど)天皇の代の元号。前元号は長享(ちょうきょう)。次元号は明応(めいおう)。1489年(長享3)8月21日改元。天災の凶事を断ち切るために行われた(災異改元)。『孟子(もうし)』を出典とする命名。延徳年間の室町幕府の将軍は足利義尚(よしひさ)(9代)、足利義稙(よしたね)(10代)。1473年(文明5)に嗣子の義尚に将軍職を譲った足利義政(よしまさ)(8代)は、1482年(文明14)から東山殿の造営を開始し、翌年に移り住んだ。その上棟式が1489年(延徳1)に行われている。東山殿は1490年(延徳2)の義政の死後、その菩提を弔うための寺院(慈照(じしょう)寺)とされ、今日では「銀閣寺」という通称で広く知られている。

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世界大百科事典内の延徳の言及

【異年号】より

…ついで84年(元中1∥至徳1)叡山・南都の一部僧侶の使用にかかる弘徳,88年(元中5∥嘉慶2)大和の一部に見られた永宝はいずれも,北朝において年号勘申を担当した公家たちの対立を背景として,正年号に対する不満から生まれたものと推測されている。次いで室町時代に入って,1443年(嘉吉3)天靖の年号が南朝の遺臣の間で用いられ,15世紀後半には関東公方足利成氏の治下で享正・延徳の年号が現れる。いずれも正年号を拒否することで室町幕府に反抗する政治意思がこめられている。…

※「延徳」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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