日本歴史地名大系 「引馬野」の解説 引馬野ひくまの 愛知県:宝飯郡御津町御馬村引馬野「万葉集」に、大宝二年(七〇二)持統上皇の三河国御幸の時の歌として<資料は省略されています>と詠われた引馬野の位置については現在の御馬(おんま)付近とする説が妥当とされている。このときの御幸は「続日本紀」一〇月一〇日条に「太上天皇幸参河国」とあるものである。また、「万葉集」高市連黒人の羇旅の歌八首のなかに、「旅にして物恋しきに山下の赤のそほ船沖へ漕ぐ見ゆ」とある「山下」を御津山(大恩寺山)の麓とする説がある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by
日本大百科全書(ニッポニカ) 「引馬野」の意味・わかりやすい解説 引馬野ひくまの 愛知県豊川市(とよかわし)御津(みと)町の一地区。『万葉集』に「引馬野ににほふ榛原(はりばら)入り乱れ衣にほはせ旅のしるしに」と歌われた引馬野は、豊川市御津町御馬(おんま)一帯で、古代は三河国国府(こくふ)の外港、近世は三河五箇所湊(ごかしょみなと)の一つだった。音羽(おとわ)川河口の低湿地に位置し、引馬神社がある。[伊藤郷平][参照項目] | 御津 出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例 Sponserd by