歌論書。「ごとばいんごくでん」とも。「後鳥羽院御消息」「遠島(えんとう)御消息」「遠島御抄」とも称され、承久(じょうきゅう)の乱(1221)を境に、院の隠岐(おき)遷御後の作とする説と、遷御前とする説とに分かれる。初心の人のための7か条と、源経信(つねのぶ)以下当代歌人に至る15名(女流2名)の歌人評よりなるが、なかでも釈阿(しゃくあ)、西行(さいぎょう)に対する称詞が注目される。また定家(ていか)評は量的にも多く、そのうえ非難の辞が多く、院と藤原定家との関係、2人の和歌観の相違を知るうえでも重要である。また女流の2名が式子(しょくし)内親王と丹後(たんご)であることも注目される。
[後藤重郎]
『久松潜一他校注『日本古典文学大系65 歌論集・能楽論集』(1961・岩波書店)』
春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...