日本歴史地名大系 「御館村」の解説 御館村おたちむら 石川県:羽咋郡押水町御館村[現在地名]押水町御館宝達(ほうだつ)山に水源をもつ杓田(しやくでん)川と大坪(おおつぼ)川の間に位置する水田に囲まれた集落。村名について元禄一四年(一七〇一)の村名由来并唱様等書記申帳(岡部文書)に「此村、城跡屋敷構之内ニ出来仕候ニ付、御館ト申由申伝候」とみえ、集落東に隣接する低い舌状台地上に館跡が残る。遺構の範囲は東西約一七〇メートル・南北約一一〇メートルで、屋敷地の規模は東西約八四メートル・南北七七メートルの長方形を呈する。館跡には門館口・正伝・堂後・若宮・円山などの地名を残し、杓田川の流れる南側を除き三方に二重の土塁・空堀が良好な遺存状態をとどめる。 御館村おたちむら 石川県:小松市旧能美郡地区御館村[現在地名]小松市御館町梯(かけはし)川下流右岸に位置し、南は梯村。慶長五年(一六〇〇)の浅井畷合戦の際、稲垣与右衛門の軍により島田(しまだ)村とともに一村すべてが焼払われた(山口筆記)。正保郷帳では高一七九石余、田方八町五反余・畑方二町余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印では高一七二石、免四ツ八分(三箇国高物成帳)。明治初年の本籍一六戸、人数男三一・女三〇、物産に堅瓜・実綿・菜種・繭・生糸・木綿がある(皇国地誌)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報