微小変化群

内科学 第10版 「微小変化群」の解説

微小変化群(原発性糸球体疾患)

概念
 微小変化群は,微小変化型ネフローゼ症候群(minimal change nephrotic syndrome:MCNS)と同義語であり,最近,診療指針などではMCNSが使われることが多い.これは微小変化とネフローゼ症候群という病理所見と臨床所見を組み合わせたものであるが,特発性ネフローゼ症候群の主要分類を示す適切な病名と考えられる.一方,ChurgらのいわゆるWHO腎組織分類では,微小糸球体変化(minor glomerular abnormality)という用語がある.光学顕微鏡で,ほとんど変化がない所見を示しているが,MCNSのほか,糸球体腎炎をはじめとするさまざまな腎疾患の初期あるいは軽微な状態など,異なる病態が含まれるおそれがある.ここで述べる微小変化群はネフローゼ症候群を示すMCNSに限定する.
病因・病態生理
 本症は,糸球体上皮細胞(足細胞)の変性による蛋白尿に由来する病態であるが,ほとんどの症例において,免疫抑制作用を有するステロイドが有効なため,免疫学的機序の関与が考えられてきた.しかし,ほかの糸球体障害にみられるような免疫グロブリンの糸球体への沈着は通常観察されず,液性免疫の関与は否定的である.一方,MCNSがHodgkinリンパ腫などのTリンパ球異常症に併発することや,MCNSの患者により得られたT細胞ハイブリドーマが蛋白尿や足突起融合を引き起こす物質を産生するという実験事実などから,細胞免疫が発症にかかわると考えられてきた.しかし,最近はステロイドを含む免疫抑制薬の効果が,足細胞への直接的効果であるとの考えもあり,細胞免疫の関与が確定的とはいえない.また,糸球体基底膜の足細胞側,特に足突起間は,足細胞から分泌されるさまざまな陰性荷電物質に覆われてスリット膜とよばれ,いわゆるチャージバリアを形成している.このため,陰性荷電を有する血中アルブミンはそれに反発して透過できない.これに対して,MCNSでは何らかの刺激により足細胞が傷害されてチャージバリアも破壊され,アルブミンの糸球体基底膜透過が容易となり,大量の尿蛋白を生じることが推測される.ただ,透過性亢進を促す物質について,まだ確定的なものはない.
疫学
 日本腎臓病総合レジストリーの報告(Sugiyamaら,2011)によれば,MCNSはネフローゼ症候群のなかで,膜性腎症とともに最も多い病型であり,その割合はネフローゼ症候群全体の24.8%,一次性に限れば38.7%を占める.年齢層別にみると,各年齢層で発症があり,40歳未満では一次性の約70%に達し,40歳以上で16~25%,65歳以上でも16.7%である.このように,これまでの通説より高齢者の発症頻度が高いことには注意を有する.
病理
 MCNSの病名が示すように,光学顕微鏡では基本的な異常所見は認められない.ときに,糸球体係蹄で蛇行や伸展がみられるが肥厚はない.細胞は原則として増殖しないが,メサンギウムの細胞や基質が若干増加し,膨化した足細胞が観察されることもある.近位尿細管内にはいわゆる硝子様沈着物がみられるが,糸球体から大量に漏出した蛋白の尿細管における再吸収所見と考えられる.このほか,尿細管内の脂肪滴や間質の泡沫細胞が観察されることもあるが,脂質異常症による変性と思われる.免疫組織学的検討では,糸球体に免疫グロブリンや補体などの沈着はないが,ときにこれらが非特異的に陽性所見を示す.
 電子顕微鏡では,足細胞の足突起がびまん性に消失(融合)するが,尿蛋白の減少に伴い再び足突起が観察されるようになる(図11-3-6).
臨床症状・検査成績
 通常は,典型的なネフローゼ症候群として発症する.すなわち,急激な浮腫の出現とともに体重も急速に増加し,尿蛋白量は10 g/日以上に達することがある.尿蛋白の大半はアルブミンであり,尿蛋白選択性は高い.このため,分子量160 kDaのIgGと,アルブミンと同等の分子量(75 kDa)であるトランスフェリンのクリアランス比で表されるselectivity indexは0.1以下を示す.結果として,血清総蛋白およびアルブミンの減少は著しく,それぞれ5 g/dLおよび2 g/dL以下となることも少なくない.したがって,循環血液量や血圧は低下傾向を示す.また,ほとんど例外なく高コレステロール血症を主体とする脂質異常症が認められる.
診断
 本症の診断は腎生検により上記の病理学的所見が得られることで確定する.しかし,腎生検を行わなくとも,後述のようにステロイド薬投与後2,3週間以内に尿蛋白が消失するようなネフローゼ症候群は本症と考えてさしつかえない.
鑑別診断
 典型的なネフローゼ症候群でも,ステロイドになかなか反応しない例や反応しても再発を繰り返すような例では,腎生検により以下のような疾患を鑑別しなければならない.
1)巣状分節性糸球体硬化症(FSGS)
疾患概念は別項【⇨11-3-8)】で述べるが,MCNSの悪化型を含むとの考えもある.治療反応性が悪い例や尿細管萎縮・間質の細胞浸潤や線維化が目立つ例では,腎生検組織に硬化糸球体が含まれていなくても,FSGSを疑うべきである.
2)膜性腎症:
蛍光抗体法におけるIgGの顆粒状沈着や,電子顕微鏡における基底膜上皮側の高電子密度沈着物により診断は可能であるが,これらの沈着物が非常に小型な場合はMCNSとの鑑別が難しい.金やペニシラミンなど抗リウマチ薬によるネフローゼ症候群などでしばしば経験する.
3)IgM腎症,メサンギウム細胞増加症:
MCNSのなかには,通常よりIgMのメサンギウムへの沈着やメサンギウム細胞の増加が目立つものがあり,臨床的にも比較的ステロイドに反応しにくいため,MCNSの亜型として扱う場合がある.実際このような変化はFSGSの初期像を示すこともあるので注意を要するが,明確な疾患概念としてはとらえにくい.
合併症
 本症は,何ら前触れなしに発症し,原因が不明なことが多いが,上気道感染がきっかけとなることもある.また,前述のようなHodgkinリンパ腫などT細胞異常症のほか,さまざまな免疫・アレルギー疾患との併発例が報告されており,病因との関係から注目される.一方,リチウムや非ステロイド系抗炎症薬による発症も知られているが,抗リウマチ薬の場合は,前述のように詳細に観察すると膜性腎症であることが多い.
治療
 最近発表されたネフローゼ症候群診療指針(松尾ら,2011)によれば,初期治療として,プレドニゾロン0.8~1 mg/kg/日(最大60 mg)で開始し,寛解後1~2週間持続する.完全寛解後は2~4週ごとに5~10 mg/日ずつ漸減する.5~10 mgに達したら再発をきたさない最小量で1~2年程度維持し,漸減中止する.4週後に完全寛解に至らない場合は初回腎生検組織の再評価を行い,必要ならば再生検も考慮する. MCNSは再発をきたすことが多いので,その際にはプレドニゾロン20~30 mg/日もしくは初期投与量からの治療を行う.頻回再発型,ステロイド依存性,ステロイド抵抗性ネフローゼ症候群などの病態を呈する場合には,免疫抑制薬(シクロスポリン1.5~3.0 mg/kg/日,またはミゾリビン150 mg/日,または,シクロホスファミド50~100 mg/日など)を追加投与する. 補助療法として,必要に応じて,HMG-CoA還元酵素阻害薬や抗凝固薬を使用する.また,高血圧を呈する症例ではアンジオテンシン変換酵素阻害薬やアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬の使用を考慮する.
経過・予後
 原則としてステロイドにより尿蛋白が消失し,不可逆的に腎機能が悪化することはない.しかし,ステロイド薬を減量すると再発を繰り返すいわゆる頻回再発型,ステロイド依存性も少なくない.また,高齢者ではステロイド抵抗性や難治性もみられ,ステロイドや免疫抑制薬の併用により,感染症や糖尿病の併発が生命予後にも影響を与えるおそれもある.[斉藤喬雄]
■文献
橋口典明:微小変化型ネフローゼ症候群.腎生検病理アトラス(日本腎臓学会・腎病理診断標準化委員会,日本腎病理協会編),pp85-90, 東京医学社,東京,2010.松尾清一,今井圓裕,他:ネフローゼ症候群診療指針.日腎会誌, 53: 78-122, 2011.
Sugiyama H, Yokoyama H, et al: Japan renal biopsy registry: the first nationwide, web-based, and prospective registry system of renal biopsies in Japan. Clin Exp Nephrol, 15: 493-503, 2011.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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