日本大百科全書(ニッポニカ) 「心不全治療薬」の意味・わかりやすい解説
心不全治療薬
しんふぜんちりょうやく
心臓のポンプ機能(末梢(まっしょう)組織への血液の拍出)が障害され、全身への血流量の減少や血液のうっ滞(うっ血)などが生じて、十分量の酸素を末梢組織に供給できない状態(心不全)を改善する薬剤。心不全治療薬は大きく、心臓を保護する薬剤、心臓を休ませる薬剤、心臓を楽にする薬剤、心臓機能を高める薬剤に分類されている。また、近年では従来と異なる新しい作用で心不全を改善する薬剤も登場してきた。なお、「心不全」については別項目を参照。
[北村正樹 2024年9月17日]
心臓を保護する薬剤
(1)アンジオテンシン変換酵素阻害薬
アンジオテンシン変換酵素(ACE)を阻害することで、血圧上昇や心臓の肥大化などに関与する物質(アンジオテンシンⅡ)の生成を抑えて血圧を下げ、さらに水分などの腎臓(じんぞう)での再吸収を抑えて体内にたまる水分量を減少させ、心臓への負担を軽くすることで、血流を改善する作用を有する内服薬。薬剤によっては慢性心不全(軽症~中等症)以外にも高血圧や糖尿病性腎症などの治療にも使用されている。なお、慢性心不全に使用されるエナラプリルマレイン酸塩、リシノプリル水和物は、強心薬(ジギタリス製剤)、利尿薬などの基礎治療薬で効果不十分な場合に追加投与する。また、ACE阻害薬特有の副作用である空咳(からせき)の発現に十分注意する必要がある。
(2)アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)
アンジオテンシンⅡ(AⅡ)タイプ1(AT1)受容体に特異的に結合する(AT1拮抗作用)ことで、AⅡによる強力な血管収縮、体液貯留、交感神経活性を抑制し、血圧降下および心臓への負担軽減作用を発揮する。また、ARBはACE阻害薬とともに心臓の肥大化や心臓ならびに腎臓などの線維化を抑える臓器保護作用も有している。薬剤によっては高血圧や糖尿病性腎症などの治療にも使用されている。なお、慢性心不全(軽症~中等症)に使用されるカンデサルタンシレキセチルは、空咳などの副作用などのためにACE阻害薬が適切でない場合に使用されている。また、副作用としては、めまい、高カリウム血症(カリウム濃度の上昇)などに注意が必要である。
(3)MR拮抗薬
腎臓の遠位尿細管および接合集合管のミネラルコルチコイド受容体(MR)に作用して、ナトリウム(Na)などの電解質や水分の再吸収、心臓の肥大化、心臓や腎臓などの線維化などに関与するアルドステロンの作用を抑制することで、血圧低下作用や心臓保護作用を発揮する。また、本系統の薬剤は高血圧の治療にも使用されている。なお、心不全においてスピロノラクトンは心性浮腫(ふしゅ)(うっ血性心不全)に、エプレレノンは基礎治療(ACE阻害薬、ARB、β(ベータ)遮断薬、利尿薬などによる治療)中の慢性心不全患者に使用されている。
副作用としては、高カリウム血症や高尿酸血症などが報告されており、スピロノラクトンにおいては男性の女性化乳房の副作用が発現する可能性があるので十分注意する必要がある。
[北村正樹 2024年9月17日]
心臓を休ませる薬剤
●β遮断薬(α(アルファ)β遮断薬を含む)
交感神経のβ受容体を遮断し、心臓の過剰な動きを抑えることで、心拍出量の低下、腎臓でのレニン産生の抑制などを介して血圧低下作用や心臓機能の改善作用を発揮する。β遮断薬には、心臓選択性(β1)、内因性交感神経刺激作用(ISA)、α遮断作用、親水性・親油性、作用持続時間などにより薬剤ごとの特性があり、臨床現場では大きくβ1選択性β遮断薬、β1非選択性β遮断薬、αβ遮断薬(血管拡張作用を発揮するα遮断作用をあわせもつ薬剤)に分けられている。また、慢性心不全以外に高血圧、狭心症、頻脈性不整脈に使用する薬剤もある。心不全に使用されるビソプロロールフマル酸塩(β1選択性β遮断薬)、カルベジロール(αβ遮断薬)は、基礎治療(ACE阻害薬、ARB、利尿薬などによる治療)中の慢性心不全患者に使用されている。
β遮断薬(αβ遮断薬を含む)は、気管支喘息(ぜんそく)などの閉塞(へいそく)性肺疾患、徐脈、Ⅱ度以上の房室ブロック、レイノー症状、褐色細胞腫に対しては禁忌または慎重投与となっている。
[北村正樹 2024年9月17日]
心臓を楽にする薬剤
●利尿薬
腎尿細管でのNaや水の再吸収を抑制し、尿量を増やして循環血液量を減少させ、体内の過剰な水分を排泄(はいせつ)することで血圧の上昇やむくみ(浮腫)などを改善する。心不全においては、心臓のポンプ機能の低下によって引き起こされる血液のうっ滞(うっ血性心不全)における心性浮腫に使用されている。
利尿薬は、腎尿細管での作用部位により、遠位尿細管に作用するサイアザイド系(類似薬を含む)と、ヘンレ上行脚に作用するループ利尿薬に大別されている。また利尿薬のなかには、高血圧、ネフローゼ症候群などの腎疾患などにも使用される薬剤もある。なお、薬剤服用により電解質失調(体液中のNaなどの電解質バランスが崩れる)を生じることがあるので、定期的な血液検査が必要となっている。
副作用としてサイアザイド系では、光線過敏症、尿酸値の上昇、低カリウム血症、低ナトリウム血症、低マグネシウム血症などに、ループ利尿薬では低カリウム血症、低クロール血症などに注意する必要がある。
具体的な製剤名として、サイアザイド系ではトリクロルメチアジド、ヒドロクロロチアジド、ベンチルヒドロクロロチアジド(いずれも内服薬)、サイアザイド系類似薬ではメフルシド(内服薬)、ループ利尿薬ではアゾセミド、トラセミド(いずれも内服薬)、フロセミド(内服薬、注射薬)がある。
[北村正樹 2024年9月17日]
心臓機能を高める薬剤
●強心薬
心臓の心筋収縮力を増強して、血液の拍出に関与するポンプ機能を高める薬剤。現在使用されている強心薬は、ジギタリス製剤、カテコールアミン(カテコラミン)製剤、ホスホジエステラーゼⅢ(PDE-Ⅲ)阻害薬に大別されている。
(a)ジギタリス製剤
心筋細胞内のカルシウム(Ca)イオンの濃度を高め、心筋の収縮力を強くすることで症状改善を図る薬剤。また、心拍数調節作用もあることから、心房細動・心房粗動による頻脈などにも効果がある。なお、薬剤使用に際しては、治療の有効域と中毒域が接近していることから、定期的な血中濃度の測定が必要とされている。
副作用としては、とくにジギタリス中毒(消化器症状〈吐き気など〉、視覚障害〈物が二重に見えるなど〉、精神神経症状〈めまいなど〉)が現れやすくなるので十分注意する必要がある。
具体的な製剤名として、ジゴキシン(内服薬、注射薬)、デスラノシド(注射薬)、メチルジゴキシン(内服薬)がある。
(b)カテコラミン製剤
カテコラミンは副腎髄質で産生され、血圧の調節をしているホルモンである。カテコラミンにはアドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミン(ドパミン)など数種類があり、心臓および末梢血管の交感神経に存在するアドレナリン受容体(α受容体・β受容体)を介して強心作用(心臓の収縮力を増加する作用)、さらに昇圧作用(血管を収縮させる作用)を有している。このことから、強心薬以外に昇圧薬としても使用されている。
臨床現場で使用されているカテコラミン製剤(類似製剤を含む)においては、アドレナリン受容体への作用(選択性を含めて)や薬理作用に違いがあることから、有効成分の違いによって適応症に相違がみられる。とくに、β受容体に強く作用する注射薬(ドパミン塩酸塩、ドブタミン塩酸塩、イソプレナリン塩酸塩)が使用されている。
(c)ホスホジエステラーゼⅢ阻害薬
アドレナリン受容体のβ受容体を介さずに、細胞内でサイクリックAMP(cAMP)をアデニル酸(AMP)に分解する酵素ホスホジエステラーゼⅢ(PDE-Ⅲ)を阻害することで細胞内のAMP濃度を高めて心臓の収縮力を増強する。また、血管平滑筋を弛緩させることで血管拡張作用をあわせもつ薬剤。注射薬(オルプリノン塩酸塩水和物、ミルリノン)は、ほかの薬剤で効果不十分な急性心不全に使用し、内服薬(ピモベンダン)は利尿薬などで効果不十分な急性心不全、およびジギタリス製剤や利尿薬などで効果不十分な慢性心不全(軽症~中等症)に使用される。
副作用としては血圧低下、頻脈、不整脈、血小板減少、腎機能障害などに注意する必要がある。
[北村正樹 2024年9月17日]
新しい作用で心不全を改善する薬剤
(1)アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)
サクビトリルバルサルタンナトリウム水和物は、ARBのバルサルタンとともにネプリライシン(昇圧物質であるアンジオテンシン、エンドセリンや、利尿ペプチドなどの血管作動物質を分解する酵素)を阻害するサクビトリルの複合体で、血圧低下作用および体内に貯留する水分量を減少させる作用により心臓への負荷を軽減する内服薬。慢性心不全以外に高血圧にも使用されるが、慢性心不全で使用する場合にはACE阻害薬またはARBの標準的な治療を受けている患者において、ACE阻害薬またはARBから切り替えて投与する薬剤である。薬剤使用において、唇や瞼(まぶた)の腫(は)れなどの血管浮腫、尿量減少など腎機能障害などの副作用に注意する。
(2)ナトリウム・グルコース共輸送体2阻害薬
腎臓におけるブドウ糖の再吸収に関与するナトリウム・グルコース共輸送体2(SGLT2)を阻害し、尿中のブドウ糖の排泄を促進するとともに水分量を調節する(利尿)作用などを有する内服薬。元来、糖尿病治療薬として使用されているが、最近の臨床研究で一部の薬剤において利尿作用とともに血行動態に対する作用などから慢性心不全に有効であることが確認された。また、薬剤によっては慢性腎臓病にも適応があるものがある。心不全に使用されるエンパグリフロジン、ダパグリフロジンプロピレングリコール水和物は、基礎治療(ACE阻害薬、ARB、β遮断薬、利尿薬などによる治療)中の慢性心不全患者に使用されている。
注意すべき副作用としては、利尿作用による脱水などがあげられており、ほかにも尿路感染症・性器感染症(とくに女性)、皮膚障害に留意する必要がある。
(3)過分極活性化環状ヌクレオチド依存性チャネル遮断薬
イバブラジン塩酸塩は心臓内の自発興奮にかかわる洞結節にある過分極活性化環状ヌクレオチド依存性(HCN)チャネルを阻害し、心臓の収縮性に影響することなく心拍数のみを減少させ、心臓の負担を軽減する内服薬。慢性心不全において、β遮断薬の最大忍容量が投与されても安静時心拍数が75回/分以上の患者に投与する。また、禁忌などでβ遮断薬が使用できない患者に投与することも可能である。
薬剤投与により徐脈などの循環器症状、光視症(視野の一部に一瞬光が走って見える)などの眼症状、便秘や吐き気などの消化器症状の副作用に注意する必要がある。
(4)可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬
ベルイシグアトは、心筋や血管の機能調節にかかわる可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)の受容体を活性化し、サイクリックグアノシン一リン酸(cGMP)産生を促すことで心不全の進行を抑える内服薬(「肺高血圧症治療薬」の項も参照)。薬剤投与により喀血(かっけつ)、肺出血、頭痛、浮動性めまいなどの発現に十分注意することが必要である。
[北村正樹 2024年9月17日]