出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報
気管支喘息とは,発作性の呼吸困難と喘鳴(呼吸時のヒューヒュー,ゼーゼーという音)を特徴とする呼吸器疾患である。
asthma(喘息)の語はギリシア語に由来し,〈あえぎ呼吸〉の意味である。喘息についての記載は,すでにヒッポクラテスによってなされており,その中で〈asthmaになったら怒りをしずめよ〉と心理的要因の重要性を説いている。今日,日本語として使われている〈喘息〉という文字は,中国最古の医書《素問》や《霊枢》(《黄帝内経》)にみることができる。日本では,平安時代の《和名類聚抄》に喘息という言葉がみられ〈アヘキ〉と訓され,室町時代の《節用集》では〈ぜんそく〉と読まれていた。いずれも〈あえぐ〉,すなわち荒い息づかいをするの意味である。
本症が自然科学の対象として本格的に研究されはじめたのはルネサンス以降で,17世紀から18世紀にかけて,すでに本症が気管支の病気であり,発作の本態は気管支の収縮にあることが指摘された。近世に入り,聴診器を発明したR.ラエネクらは,気管支の収縮は,気管支平滑筋の収縮による神経性疾患であるとし(1819),このような考えは20世紀に入り,自律神経異常説の基礎となった。すなわち,自律神経は交感神経と副交感神経にわけられるが,前者は気管支拡張を,後者は気管支収縮をおこし,これらの異常が喘息発作に結びつくという考えである。自律神経異常説は迷走神経緊張説(副交感神経の緊張),局所迷走神経緊張説(局所とは気管支をさす),β受容体遮断説(交感神経β受容体の機能低下),最近ではプロスタグランジン説(気管支を収縮させるプロスタグランジンF2αと拡張させるプロスタグランジンEの失調)など気道過敏性を究明する方向に発展していった。
一方,20世紀に入ると,ピルケーClemens F.von Pirquet(1874-1929)が提唱したアレルギーの概念が導入され(1906),アレルギー説が大きくクローズアップされてきた。アレルギーの本態が抗原抗体反応に基づく過敏現象であることが解明されるや,それまで行われていた枯草熱の研究などをふまえて,気管支喘息における抗原,あるいは抗体の研究が精力的に進められていった。コカArthur F.Coca(1875-1959)は喘息患者に認められる特異な抗体をレアギンと呼んだ(1923)。以後40年を経て,石坂公成によりレアギン抗体がIgE(免疫グロブリンの一つ)であるという画期的な発見がなされ(1966),喘息研究は新しい時代を迎えた。
その後,分子生物学的アプローチにより喘息の病態の解明は大きく進み,1990年代には喘息は気道の慢性炎症性疾患として定義付けられ,近年では遺伝子レベルでの病態の研究も進められている。
執筆者:伊藤 新作
気管支喘息の病態は,気管支平滑筋の攣縮(れんしゅく),粘膜の浮腫,粘液分泌の増加などによる広範な気道の狭窄によるものであり,この原因として,気道過敏性の亢進および慢性の気道炎症が考えられている。気道過敏性とは,いろいろな刺激(ダニ,家のほこり,花粉などのアレルゲン,冷気,タバコの煙など)に対して,正常人より有意に気道が反応することであり,気管支喘息患者では一般にこの反応が亢進しており,何らかの遺伝的素因の関与が考えられている。気道炎症とは,気管支喘息患者の気道において慢性的に炎症細胞(肥満細胞,好酸球など)やサイトカインと呼ばれるタンパク質などが出現し,メディエーターと呼ばれる化学伝達物質が放出されるなどして,気道粘膜の浮腫や,粘液分泌をもたらされていることであり,気管支喘息の主たる原因として近年注目されている。気管支喘息の気道の狭窄は,治療により可逆性であることが特徴であり,この点で慢性閉塞性肺疾患(肺気腫,慢性気管支炎)と区別される。しかし高齢者や喫煙者では両疾患の合併も多い。
気管支喘息は,発症機序によりアトピー型(外因型)と非アトピー型(内因型)に分類される。小児発症患者のほとんどはアトピー型であるが,成人発症患者では非アトピー型が多い。患者の頻度は成人で約3~4%,小児で約4~7%と報告され,他のアレルギー疾患とともに近年増加傾向にある。
気管支喘息の自覚症状としては,呼吸困難,喘鳴,咳,痰,胸部の絞扼感(胸が重苦しい,痰のつかえた感じなど),運動時の息切れなどがあり,これらの症状の全部あるいは一部が出現する。なかには咳喘息と呼ばれ,喘鳴や呼吸困難を伴わず,発作性の頑固な咳のみ続く場合も少なくない。一般にこれらの症状は,昼間よりも夜間や早朝に起こりやすく,季節の変り目(春,秋)に増悪(悪化)することが多い。
発作の誘因となるものは,いろいろなアレルゲン(ダニ,家のほこり,花粉,動物の毛やふけ,カビ,ソバや卵白などの食物,その他多種)や気道感染,過労,精神的ストレス,大気汚染,冷気,天候,煙,薬物などたくさんのものがあげられる。また運動によって発作が誘発される運動誘発喘息や,女性で月経前や月経期に症状の増悪する月経関連喘息,職場に存在する物質に起因する職業性喘息などが知られている。なかでも解熱鎮痛剤の服用により発作が出現するアスピリン喘息は,気管支喘息患者の約10%に見られるが,急速に重篤発作をきたす場合が多いため,薬の服用には十分な注意が必要である。
気管支喘息の診断は,前述の症状の問診や聴診所見が中心となるが,アレルギー検査として血清IgE値,血中好酸球数,アレルゲン検索(皮膚反応や特異的IgE抗体測定,ヒスタミン遊離試験など),喀痰検査などが参考となり,また呼吸機能検査や胸部レントゲン撮影なども行われる。
気管支喘息の重症度は,軽症,中等症,重症の3段階に分けられる。軽症とは,喘鳴のみ,ないし軽度の喘息症状(小発作:苦しいが横になれる。会話はほぼふつう)が散発的に出現するものである。重症とは,中等度の喘息症状(中発作:苦しくて横になれない。会話はやや困難)ないし高度の喘息症状(大発作:苦しくて動けない。会話困難)が頻発して日常生活がほとんど不能なものである。また中等症とは,両者の中間の広い範囲を示すもので,慢性的に症状があり,週1~2回の中等度喘息症状(中発作)があり,しばしば日常生活,睡眠が妨げられるものをいう。これらの症状の程度に応じた治療や長期管理のガイドラインが,日本アレルギー学会をはじめ各国で作製されている。
気管支喘息の治療は,急性発作期の救急治療と慢性期の治療に分けられる。急性発作期の治療は,交感神経刺激薬やキサンチン誘導体などの気管支拡張薬が中心となり,吸入や皮下注および点滴静注などが行われるが,必要に応じて酸素投与,ステロイド薬静注も施行される。さらに重篤な状態では,気管内挿管および人工呼吸管理が必要となり,気管支洗浄や全身麻酔が施行されることもある。気管支喘息患者は,重症患者のみならず軽症患者でも,ひとたび発作が出現すると急速に症状が悪化し,窒息(喘息死)する可能性もあるため,発作をおこさせない治療,すなわち慢性期の予防管理がより重要となる。気管支喘息の慢性期の治療においては,まず第一にアレルゲンの除去,環境整備など発作の誘因を避けることが必要であるが,完全には困難であり,そのため薬物療法が施行される。現在では気管支喘息の原因である気道の炎症をおさえることが基本治療と考えられ,吸入ステロイド薬の早期使用が推奨されており,大変効果をあげている。そのほかに,抗アレルギー薬や,気管支拡張薬,漢方薬,経口ステロイド薬などが患者の状態に応じて使用される。こうした慢性期の予防管理には,患者や家族は原因や重症度や治療を理解し,医師は個々の患者の的確な病態を把握するというパートナーシップが必要であり,喘息日誌や,ピークフローメーターと呼ばれる簡易式の肺機能測定器具などが用いられることもある。
気管支喘息患者は,疾患が正しくコントロールされれば健常人と変わらぬ日常生活や運動などを制限なく行うことができる。発作に対する不安で消極的になっていた患者でも,適切な治療をうけることで,人生観の変化や生活の質の向上を喜んでいる場合も多い。しかし一方で,わが国でも年間6000人もの喘息死が報告されており問題となっている。気管支喘息患者は,正確な専門知識を有する主治医とパートナーシップを組んで,自分自身も疾患を正しく認識し,自己管理できるようになることが最も重要である。
執筆者:伊藤 新作+山本 智生
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可逆的な広範な気道閉塞(へいそく)により、ゼーゼー、ヒューヒューという喘鳴(ぜんめい)を伴う発作性の呼吸困難をおこす疾患で、特定の心・肺疾患によらないものをいう。気道閉塞は、気管支平滑筋のれん縮、粘膜の浮腫(ふしゅ)、粘液分泌の増加によりおこる。
病因については古くより多くの説があり、そのこと自体が発症機序の複雑性を物語っているが、主因をなすものはアレルギーと気道過敏性である。気道過敏性は、気管支平滑筋を収縮させる作用のあるヒスタミン、アセチルコリン、メサコリンなどを吸入させて検査することができる。その反応性は健常人に比べて約100倍も過敏である。このため種々の物理的、化学的気道刺激により喘息発作がおこることになる。またアレルギーの機序による喘息発症は、主としてⅠ型アレルギー反応が気道でおき、化学伝達物質が遊離されて気道の狭窄(きょうさく)をおこすことによるが、アレルゲンとして重要なのは室内塵(じん)(おもにダニ)、カビ類、花粉類、動物の毛やふけなどである。種々の職業性喘息もある。このほか、気道感染、天候の変化、気温の急激な変化、精神的ストレス、運動、過労、過食なども喘息の誘発ないし増悪因子となる。アスピリンなどの消炎鎮痛剤によりおこる、いわゆるアスピリン喘息もある。発症には遺伝的素因も重要な役割を演じており、遺伝が濃厚なほど小児期に発症する。
気管支喘息は、その発症機序によりアトピー型(外因性ともいわれ、アレルギーの関与が明らかなもの)と感染型(内因性ともよばれ、感染が重要な要因をなしているもの)および混合型とに分類されるが、アトピー型のものは10歳以下に、感染型は40歳以後に発病するものが多い。発生率は全人口のほぼ1%である。
症状としては、喘鳴を伴った呼吸困難発作をおこし、治まってしまえば完全に元の状態に戻る(可逆性)のが特徴である。痰(たん)は粘稠(ねんちゅう)で喀出(かくしゅつ)が困難なことが少なくない。気道感染を合併すると痰は膿(のう)性となる。わずかな喘鳴を伴うだけの軽症のものがある反面、重症になると起坐(きざ)呼吸をするようになる。チアノーゼの出現は危険信号である。発作の寛解期は無症状であるが、慢性型となると発作間欠期にも喘鳴がほとんど常時存在する。発作は夜半ないし早朝におこることが多く、季節的には秋、梅雨時に多い。発作時には肺野全体に乾性ラ音(聴診によって聞こえる一定の高さの連続音)が聴取され、肺機能検査では1秒率の低下、気道抵抗ないし呼吸抵抗の増加が認められる。アレルギー検査も原因アレルゲン検索、治療方針決定のために必須(ひっす)のもので、皮膚反応、RAST、吸入誘発試験、血清IgE値測定などが行われる。
治療としては、原因アレルゲンや種々の発作誘発・増悪因子を取り除き、避けることがたいせつである。対症療法としては、気管支拡張作用のある交感神経刺激薬、テオフィリン系薬、抗コリン薬が単独または併用して使われ、抗ヒスタミン薬、鎮咳(ちんがい)剤、去痰薬、抗生剤なども症状に応じ使用される。重症喘息では副腎(ふくじん)皮質ステロイド薬が必要となる。発作が毎日のようにおこる場合には、発作予防作用のある化学伝達物質遊離抑制薬(吸入薬のインタール、内服薬のトラニラストやケトチフェン)、全身的副作用がほとんどない吸入用ステロイド薬であるベクロメサゾン(定量噴霧式ネブライザー)が使われる。原因アレルゲンの除去・回避が不可能な場合にはアレルゲン免疫療法(減感作(げんかんさ)療法)が行われる。非特異的変調療法として金(きん)療法やヒスタミン加ヒトγ(ガンマ)グロブリン療法なども行われる。小児の喘息の60~80%は成長とともに消失する。成人の喘息は症状が持続するものが少なくないが、適切な治療により日常生活に支障ないよう症状を改善することができる。重篤な発作ではときに死亡することもあるので注意が必要である。
[高橋昭三]
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…すると,これらの化学伝達物質の作用によって,血管の透過性の亢進,平滑筋の収縮,腺分泌の亢進,好酸球の遊走などの反応が起こり,その結果,アレルギー疾患が起こると考えられている。I型のアレルギー反応に属する疾患としては,気管支喘息,アレルギー性鼻炎,蕁麻疹の一部,アナフィラキシーショック,薬物アレルギーの一部,消化管アレルギー,昆虫アレルギーなどがある。 なおIg E産生細胞は抗原と接触する機会の多い気道や消化管粘膜にかなり多いことが知られていて,アレルギー反応の局在性を暗示している。…
…l体はα体に比べて90倍くらい作用が強力であるといわれる。臨床的には,その気管支拡張作用を気管支喘息(ぜんそく)の治療に利用する。塩酸イソプロテレノールの水溶液を噴霧し,エーロゾルとして吸入するのが最も有効とされる。…
…血痰が肺癌の初期症状となることもある。気管支の枝わかれがそのまま鋳型になったような形の粘液やクルシュマン螺旋(らせん)体(気管支喘息(ぜんそく)などのときにみられるもので,螺旋状にねじれた糸状の粘液)など特殊な肉眼的異常がみられる。(2)細菌学的検査 結核菌など特殊な細菌が検出されれば診断を行ううえで意義がでてくるが,喀痰にはつねに口腔内の細菌(常在細菌叢)が混じるため,細菌性肺炎などでは,原因菌の断定にあたっては慎重でなければならない。…
…(1)第一種地域 事業活動その他の人の活動に伴って,相当範囲にわたる著しい大気の汚染が生じ,その影響による疾病が多発しているが,汚染物質と健康被害との間に特異的な関係がなく,被害者個々人について原因物質を特定することが困難な疾病の多発した地域として指定されているもので,東京都19区,川崎2区,四日市臨海地域,大阪市全域,北九州市洞海湾地域など41地域が指定地域となっている。疾病としては,慢性気管支炎,気管支喘息,喘息性気管支炎,肺気腫とこれらの続発症が定められており,3年間以上これらの地域に居住または通勤した者が指定疾病にかかっている場合に認定されることになっている。認定は,認定を受けようとする者の申請に基づき,指定地域を管轄する都道府県知事,政令市(区)長が医師,法律家などの専門家による公害健康被害認定審査会の意見を聴いて行うことになっている。…
…心臓性喘息は慢性心不全患者に睡眠中急に起こるのが特徴的で,まれに日中でも過激な労作を行ったり,精神的興奮によってひき起こされることがある。気管支喘息にかかっている患者が,心臓病をわずらい痙攣性呼吸困難を起こしたりすることもある。したがって心臓性喘息か気管支喘息かの鑑別はむずかしいが,明らかな心臓病が指摘されていて気管支喘息の既往がなければ鑑別診断がつく。…
…文字上は〈息が喘(あえ)ぐ〉状態,すなわち息がしにくいという状態を意味するが,医学上はこのような状態のすべてをさすわけではなく,突発する(発作性の)痙攣(けいれん)性の呼吸困難を意味し,それがくり返して起こるというニュアンスが含まれている。喘息には気管支喘息と心臓性喘息の二つがある。気管支喘息はアレルギーと気道の過敏性が原因となる気道自体の病気であり,心臓性喘息は高血圧,冠動脈疾患(狭心症,心筋梗塞(こうそく)),大動脈弁疾患,僧帽弁疾患などによって起こった心不全が原因となる。…
…〈ぜいめい〉といわれることもある。気管支喘息で最もよくみられ,攣縮(れんしゆく)し細くなった気管支壁が振動して音が発生し,口から放射される。隣室でも聞こえるような強いものから,聴診器を胸にあててようやく聞きとれるような弱いものまで,その強さはさまざまである。…
※「気管支喘息」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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