性助入道親王(読み)しょうじょにゅうどうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「性助入道親王」の解説

性助入道親王 しょうじょにゅうどうしんのう

1247-1283* 鎌倉時代,後嵯峨(ごさが)天皇の第6皇子。
宝治(ほうじ)元年7月23日生まれ。母は三条公房の娘。建長3年親王。正嘉(しょうか)元年真言宗仁和(にんな)寺の法助について出家,翌年六勝寺検校(けんぎょう)・総法務となる。和歌にすぐれ,「続古今和歌集」などに収録されている。後中御室,甘露王院宮とよばれた。弘安(こうあん)5年12月19日死去。36歳。俗名は省仁。

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367日誕生日大事典 「性助入道親王」の解説

性助入道親王 (しょうじょにゅうどうしんのう)

生年月日:1247年7月23日
鎌倉時代後期の後嵯峨天皇の第6皇子
1282年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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