惟彦親王(読み)これひこしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「惟彦親王」の解説

惟彦親王 これひこしんのう

850-883 平安時代前期,文徳(もんとく)天皇皇子
嘉祥(かしょう)3年生まれ。母は滋野奥子(しげのの-おくこ)。貞観(じょうがん)10年常陸(ひたち)太守となる。上総(かずさ),上野(こうずけ)の太守をへて中務卿(なかつかさきょう)兼大宰帥(だざいのそち)。元慶(がんぎょう)7年1月29日死去。34歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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