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惲敬 うんけいYun Jing

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

惲敬
うんけい
Yun Jing

[生]乾隆22(1757)
[没]嘉慶22(1817)
中国,清の文学者。江蘇省陽湖の人。字,子居。号,簡堂。乾隆 48 (1783) 年,進士に及第。富陽,新喩,瑞金などの知県を経て,呉城の同知となったが,上役と衝突して弾劾され退官した。文章家として著名で,もとは駢文 (べんぶん) を主としていたが,桐城派古文の影響を受けて同郷の後輩張恵言とともに古文の道に進んだ。韓非子など諸子の文章や駢文の要素も取入れて独自の境地を開くにいたり,その郷里の名から「陽湖派」と呼ばれた。主著『大雲山房文藁』『子居決事』。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説


うんけい
(1757―1817)

中国、清(しん)代の文人。字(あざな)は子居、号は簡堂(かんどう)。江蘇(こうそ)省武進県の出身であるが、隣県の陽湖の人と自称する。1783年(乾隆48)の挙人。87年教習に任ぜられて都にいる間に多くの名士と交わったが、とくに同じ武進出身の張恵言(ちょうけいげん)と親交を結ぶ。94年以後、浙江(せっこう)富陽、江西新喩(しんゆ)などの知県を歴任、1814年江西南昌(なんしょう)府同知のとき弾劾されて政界を去った。張恵言とともに陽湖派古文の祖といわれ、『史記』の文体を手本とした気性のびやかな古文を提唱した。『大雲山房文稿』8巻などがある。[佐藤 保]

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世界大百科事典内の惲敬の言及

【陽湖派】より

…清代最大の古文の流派である桐城派の支派。劉大櫆(りゆうだいかい)より古文を学んだ江蘇省陽湖の惲敬(うんけい)および陸継輅(りくけいらく),考証学と兼修した同じく陽湖の張恵言(ちようけいげん)らが主唱した。この一派は桐城派の義法理論に必ずしも同調せず,宋学を墨守することから離れて諸子百家や道・仏の二教をも取り入れた。…

※「惲敬」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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