戸板養碩(読み)といた ようせき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「戸板養碩」の解説

戸板養碩 といた-ようせき

?-1837 江戸時代後期の医師。
陸奥(むつ)登米(とめ)郡(宮城県)石森村の人。仙台藩医高屋養庵にまなび,帰郷して開業する。天保(てんぽう)8年6月同郡内の津島神社の祭礼の際,藩士佐藤某の弟に殺害された。のち養碩の弟新井雨窓らが諸国をめぐり,出羽(でわ)矢島(秋田県)で仇討ちをはたしたという。名は俊勝。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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