指出検地(読み)さしだしけんち

日本大百科全書(ニッポニカ) 「指出検地」の意味・わかりやすい解説

指出検地
さしだしけんち

戦国時代から江戸時代初頭にかけて行われた検地の一方法。最高支配者ないし大名が直接立入り調査することなく、領内の家臣にそれぞれ知行する土地の等級面積・作人・分米(ぶんまい)などを書いて指出させた。これを指出検地という。今川、後北条(ごほうじょう)、武田上杉朝倉織田(おだ)、毛利(もうり)氏らの戦国諸大名の検地は、ほとんどこの方法である。とくに織田信長が1580年(天正8)滝川一益(たきがわかずます)、惟任長秀(これとうながひで)を大和(やまと)に派遣して、興福寺領など国内の寺社本所領に指出を強制的に提出させたことは有名である。太閤(たいこう)検地以降は、検地奉行(ぶぎょう)が現地に臨んで測量調査するのを原則としたが、その場合でも、あらかじめ指出を提出させて、それを基礎に検地することも多かったようである。このように指出を併用する検地は、江戸時代初頭の慶長(けいちょう)年間(1596~1615)までみられ、その後はまったく姿を消してみられない。

宮川 満]

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「指出検地」の解説

指出検地
さしだしけんち

戦国期~近世初頭に行われた検地方法の一つ。領主が直接奉行を派遣して土地面積,その収量などを調査する丈量(じょうりょう)検地ではなく,家臣や寺社村落などに土地の面積・収量・作人などの明細を報告させる検地方式。各耕地を一筆ごとに記載したものから,面積や収納高の合計だけのものまである。基準も不統一で,細部までの正確な把握は困難であった。戦国大名の検地はほとんどこの方法で,太閤検地も指出方式によるものが少なくない。

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百科事典マイペディア 「指出検地」の意味・わかりやすい解説

指出検地【さしだしけんち】

検地

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