教皇子午線(読み)きょうこうしごせん(その他表記)Line of Demarcation

山川 世界史小辞典 改訂新版 「教皇子午線」の解説

教皇子午線(きょうこうしごせん)
Line of Demarcation

ポルトガルとスペインの海外所領を分けた子午線。新世界(新大陸)の「発見」が進むにつれて,両国の間に植民や貿易の勢力圏領有をめぐる競争が起こった。その調停のため,1493年教皇アレクサンデル6世が,スペインの要請により勅書を発して,ヴェルデ岬諸島の西方100レグア(1レグアは約5km)の子午線を境とし,その東をポルトガル,西をスペインの所領と定めたが,それはポルトガルの抗議により,翌年トルデシリャス条約によって,さらに270レグア西の線にずらされた。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「教皇子午線」の意味・わかりやすい解説

教皇子午線
きょうこうしごせん
Line of Demarcation

法王境界線とも呼ばれる。スペイン,ポルトガル両国が新たに征服した地の領有権を裁定するためにローマ教皇アレクサンデル6世が,1493年5月4日付の教書で,大西洋のベルデ岬諸島の西 100レグア (約 500km) の子午線を境に東をポルトガル領,西をスペイン領と定めたが,紛争は解決せず翌年のトルデシリャス条約で 370レグア西の線に変更された。

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