競争は,それに参加する個人や集団の立場からすれば,ある有限の価値の獲得を目ざして競いあい,他者に先がけてそれを達成することによって他者よりも優位に立とうとする行動である。またそれは社会の立場からすれば,一定の目標のもとに人々を活動へと動機づけてその活力を吸収し,結果的に選良(エリート)とそうでない者とをえりわけていく過程である。この過程のなかでは,人々が共通の規範や規則に従うことが期待されるが,それを無視ないし否定して他者を蹴落とそうとしてくると,この過程はもはや競争の域を脱して闘争へと移行する。
競争は,近代資本主義社会における市場経済の浸透によって人々の社会生活のなかに広くかつ深く根をおろすようになったが,同時にそれは,近代市民社会のイデオロギー的支えを受けて社会的に承認された公然たる社会過程となった。地位や身分にかかわりなく,人々はだれもが等しく同じ規則のもとで,政治,経済,文化,その他の社会生活のあらゆる分野で競争に参加できるという考え方が,近代民主主義思想と平等観に裏づけされるところとなったからである。こうしたことを基礎に,近代社会は競争をとおして人々の能動性を鼓舞し,その発展の活力を引き出し,一方で不安と孤立化をもたらしてきた。また競争は,スポーツやレジャー活動,趣味の世界や仕事の場など,生活のさまざまな分野でみられるが,そのうち仕事をめぐる競争は,その結果が収入や社会的地位と結びつきをもってくるだけに,とくに重要な意義をもつ。とりわけ日本社会の場合,欧米諸国にくらべて仕事中心的な生活態度が人々の間に広くいきわたっているので,この競争はそれだけ深刻なものとなる。
日本社会における仕事をめぐる競争は,労働市場の二重構造を反映して,大企業,官公庁の分野と中小企業,自営業の分野とで異なった特徴をおびている。後者における競争は主として〈仕事を見つける〉競争,〈仕事をまもる〉競争として行われるが,前者の分野での競争は,〈会社に入る〉競争(就職競争)に始まり,次いで〈地位を得る〉競争(昇進競争)として展開される。この場合,企業間に社会的評価や勢力の序列とヒエラルヒーがあるため,就職競争は〈より上の会社〉に入ろうとする競争となり,その競争に勝てばその企業の社会的威信を自分自身のものとすることができる。そしてさらに,その競争を有利に導くための前段階での競争が,〈学歴を得る〉競争(進学競争)のかたちをとって熾烈にかつ公然と行われる(〈学歴社会〉の項参照)。しかし,いったん就職競争をへて企業に入った後の競争は,もはやあらわなかたちをとらず,終身雇用を前提とした企業内労働市場のなかで,年功序列の慣行や集団主義の職場風土によって調整され隠蔽される。そこでの競争の結果が目に見えてくるのは長期間の勤続をへてからであり,したがって人々は長い年月,不安と希望を抱きながら自分自身を競争場裡におきつづけ,自らの活動力を企業に注ぎ込むことになる。こうして企業は,組織としての活力をたえず成員から汲み出しつづけることができる。
執筆者:石川 晃弘
経済学上,〈競争〉という用語は主として企業間のそれについて用いられる。その内容,態様は企業のおかれた環境あるいは市場形態によって,すなわちより根源的には,販売される財の種類,市場に存在する企業と潜在的に参入しうる企業の数とそれらの技術的条件によって,さらには消費者の嗜好およびそれら経済主体の行動に影響する法的・経済的諸条件等によってさまざまに特色づけられる。以下では市場の形態を主としてそこに参加する主体(とりわけ企業)の数に依拠していくつかに区別してみよう(表参照)。
まず,一つの市場に存在する企業の数が1の場合は独占であり,それは当面の企業が生産物の供給者であるか需要者であるかにしたがって供給独占あるいは需要独占に区別される。また両者とも単一の企業である場合を双方独占という。つぎに,多数の需要者に対して数個ないし十数個の企業が相互間に無視できない経済的影響を及ぼしあって競争しているケースが典型的な寡占であり,企業数が2の寡占をとくに複占という。寡占市場は,そこで取引される生産物が同質とみなされるかあるいは製品分化があるかにしたがって,競争の内容は大いに異なったものになる。ここで製品分化があるとは,広い見地からは同一の商品とみなせるものの,品質,商標,包装などの差により消費者が異なった選好をもつ財が多数存在することをいう。また独占の対極として,売手と買手ともに多数存在する市場形態を考えることができる。その一つに理論的分析のために抽象化される完全競争市場があり,そこではどれもが市場に大きな影響を与えることのない無数の企業が存在し,市場に関する知識の不完全性がなく,各企業も価格を所与として行動することになる。まだ制度的,人為的な要因にもとづく競争の制限がなく,長期的には企業の参入,退出の自由も満たされているとされる。
完全競争と典型的な寡占との一つの中間的形態に,E.H.チェンバレンによって考察された独占的競争の市場というのがある。そこでは同一産業内に多くの製品分化をともなった企業が存在し,各企業はその供給する特定のタイプの生産物に愛着をもつ一群の買手にたいしてはある程度の独占力をもつが,産業内の他の企業や新規参入企業との競争を考慮しなければならない立場にある。
完全競争市場のもとでは,各企業は外的な制約と干渉なしに,与えられた価格のもとで生産量と生産方法を調整することによってのみ競いあうことになる。そこでの競争はこの意味で純粋であり,利潤はその成功のバロメーターとなる。完全競争市場では,利潤最大の生産量は与えられた価格と限界費用が等しい点に定まることが知られる。そして価格が平均費用を上まわり利潤をうる企業は産業内にとどまるが,それに失敗した企業は市場から退出しなければならないのである。このような形での競争が若干の条件のもとで効率的な資源配分をもたらすということは,アダム・スミス以来の経済学の基本的な思想である。
独占企業は同一産業内には競争相手をもたず,完全競争下の企業とちがって価格の操作によって利潤を増減することができる。しかし独占企業といえども,他の代替品をつくる企業や潜在的企業との競争にさらされていて,勝手に価格を高めれば利潤は減少してしまう。寡占企業間の競争はこれに比べてずっと多様で,たんに企業の費用の最小化をはかるためにも相手企業の生産計画を推測しなければならず,またある企業と競うために他の企業と結託することも考えなければならない。つまり企業間の協調というのは,そこでは競争の他の一面であるともみなすことができるのである。さらに製品分化がある寡占や独占的競争市場では,品質の選択や情報提供のための広告費の増減による非価格競争や新技術導入のための競争が行われることも特色である。
執筆者:川又 邦雄
日本の現行法の中で,直接に企業間競争にかかわる規制をなすことを目的とする代表的な法律に,独占禁止法や不正競争防止法がある。不正競争防止法は,営業者が自己の広く知られた氏名,商号,商品等を他人によって用いられ,営業上の利益を害されることを差止めによって防ぐことを目的とするもので,一般に,商業道徳ないしは商業倫理の観点から利潤獲得の手段としての競争をとらえ,同業者間の利害を調整するための法と解されている。これに対して独占禁止法は,公正かつ自由な競争を,一般消費者の利益の確保および国民経済の民主的で健全な発達の促進という社会的目的を達成する手段としてとらえるため,現代の資本主義社会において,より一般的で根本的な意味での競争にかかわる法として解されている。すなわち具体的には,公正かつ自由な競争を,市場集中の防止と一般的な経済力集中の防止の手段として促進しようとするものである。市場集中の防止は,公共の利益に反した〈一定の取引分野における競争の実質的制限〉の排除を中心にしてなされるが,何が反公益的な競争の実質的な制限と解されるかは,規制対象行為の態様--私的独占か,不当な取引制限か,合併か等--によって,必ずしも同一には考えられていない。しかし,一般的には,市場構造や利潤率等の市場成果,さらには行為そのものの社会的評価等を総合的に勘案しての判断が下されるといってよい。また経済力集中の防止手段としての競争は,経済的分権主義とでもいうべき源流に根ざすものであり,反独占の社会思想や民主主義思想と密接なかかわりを有する。
→経済法
執筆者:来生 新
競合ともいう。同種または異種の個体または個体群どうしが共通でしかも不足しがちな生活必須資源や要件,たとえば食物,生活空間,水,光などの獲得をめぐって互いに争うこと。普通,同種の生物の間での争いを種内競争,違う種の間での争いを種間競争と呼ぶ。種内競争はどんな個体が争いに勝つかという個体レベルでの現象であるのに対し,種間競争はどちらの種が争いに勝って相手種を圧倒するかという点が問題となるので,個体群レベルでの現象になる。典型的な種間競争(ガウゼの法則)は実験によって作り出すことができるが,野外においても海岸の潮間帯上位と中位でのイワフジツボ属とフジツボ属の分布が競争の結果として決まっていることが証明されているし,トビイロシワアリとトビイロケアリがアブラムシ(アリマキ)のいる木の枝をめぐって競争することも知られている。資源の乏しい砂漠などでは,ネズミとアリが同一資源,たとえば植物の種子をめぐって競争し合うこともあるといわれる。また,一般に帰化生物が定着する際には土着の生物との間に競争が起こると考えられている。
競争のうち,一方が直接または間接に相手の資源や要件の利用を妨げるのを干渉interferenceと呼び,資源や要件を相手より早く,または多く使ってしまうことによって競争相手の利用可能量に影響を与えるのを取り合いexploitationと呼んで区別する研究者もいるが,実際に両者を明確に区別するのはむずかしいことのほうが多い。また,生活に必須な資源や要件の獲得のために争う過程そのものを競争と呼ぶ立場や,争いの結果としてどちらかに害や不利益の生ずる時だけを競争と呼ぶ立場もある。遺伝学では,資源や要件の不足が起こらなくてもそれの獲得過程での相互作用あるいはその他の形での相互作用でも,それによって個体間に生存価の差が拡大されるならば,それらも自然淘汰の要因としての競争だと考える場合が多い。
一定量の食物をめぐる競争などでは最終的には全員が十分な食物をとれなくて共倒れになることが起こるが,食物が十分あって生活空間が競争の対象になるような場合には,競争で優位にたった少数のものだけが生き残るような現象が起こる。そのため,前者を共倒れ型,後者をコンテスト型の競争と呼ぶが,すべての場合がこの二つの型に明確に分けられるわけではない。
ある種の生物とくに植物のかなり多くの種では根などよりある種の化学物質を分泌し,それによっていくつかの他種の生育やそこへの侵入を妨害することが知られていてアレロパシーと呼ばれている。身近な例としては,セイタカアワダチソウがあげられる。農業で忌地(いやち)と呼ばれる現象の中にはこうした原因によるものも含まれている。
生物間での競争の機構と要因の究明は近代生態学の重要な研究テーマの一つであり,数学的モデルや実験個体群あるいは野外での実際の個体群について,さまざまな研究が積み重ねられている。
執筆者:宮下 和喜
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
経済学では、次の二つの意味に用いられる。(1)経済主体(企業や消費者)の行動に関して競争ということばが使われるとき、たとえば企業の競争的行動の程度という場合には、個別企業が互いに競い合う程度をさしている。(2)市場構造(個別企業が操業している市場のタイプ)の競争の程度という場合には、個別企業が市場支配力(自己の生産物が販売されるときの価格や他の条件に企業が影響を与えることのできる力)をどれくらいもっているかという程度をさしている。このように経済主体の行動と市場構造に関して、それぞれ同一の「競争」ということばを用いても、その含意が違うことを理解するのが重要である。この点を明確にするために、次に具体的な市場構造での例をみてみよう。
完全競争市場構造では、その市場に非常にたくさんの企業が存在し、個別企業はまったく市場支配力をもっていない。一つの企業の自社製品の販売能力は、他の企業の行動により影響されることはないので、企業どうしは互いに競争する必要はない。つまり完全競争市場では、企業間競争は生じない。企業はライバル企業の行動をまったく無視して自己の意思決定をするのである。
市場に少数の企業しか存在しない寡占市場構造では、それぞれの企業は、自分が販売政策を変更すると他の企業はそれに対し敏感に反応するということを認識している。各企業はかなりの市場支配力を有しており、企業間の競争は激しくなろう。
市場に一企業しか存在しない独占市場構造では、独占企業の市場支配力は完全であり、企業間の競争は完全競争の場合と同様にまったく行われない。
独占・寡占と完全競争との中間的ケースである独占的競争あるいは不完全競争市場構造では、完全競争と同様に非常に多くの企業がその市場に存在する。しかしこれらの個別企業は、完全競争の場合とは異なり、独占・寡占企業ほどではないがいくらかの市場支配力を有している。価格政策や非価格政策を多様化することによって企業は互いに競争しあう。
このように市場構造によって個別企業の競争的行動の程度は影響を受けるのである。この関連をいっそう明確に分析するのが産業組織論の主要な目的の一つである。
[内島敏之]
『R. G. Lipsey and P. O. SteinerEconomics, 6th ed. (1981, Harper & Row, New York)』▽『荒憲治郎他編『経済学3 産業組織論』(1976・有斐閣)』
社会心理学用話。2人またはそれ以上の人々からなる集団が、共通の目標の達成を目ざして行動する場合、基本的な対人相互作用あるいは社会的交渉の形式として、競争と協力(協同)があげられる。競争は、互いに他をしのぎ自分の立場を有利にしたり、共通の目標に一歩先んじて到達しようとしたりする行動で、人々の間の相互妨害的な関係である。相手を打ち倒すことを目的とする闘争や葛藤(かっとう)とは区別されるが、エスカレートして闘争や葛藤に転化することもありうる。他方において、互いに助け合って共通の目標の達成に向かって努力する相互援助的な関係が、協力ないし協同であるが、現実の社会生活では競争と協同が並行して行われることも少なくない。同じ職場に働く作業者たちが、互いに日々の生産高を競争しながら、職場全体の能率向上に協力するような場合である。個人の仕事や学業成績を向上させる手段として、日常しばしば競争心に訴える方法がとられるが、仕事や学業の種類やその人の性格によっては、かならずしも有効とはいえない。競争では、人々が共通の目標を中心としてまとまりや連帯感をもちにくく、全体としてはかえって能率や成績が低下してしまうこともおこる。
[辻 正三]
生物学では、いくつかの生物が、食物、水分、養分、光、生活空間など生活に必要な資源をめぐって競い合うことをいう。同種間でおこる種内競争と、異種間でおこる種間競争とに分けられる。食物その他の生活要求の類似した種は、激しい競争の結果、同じ場所に共存できないという考えがある。この説を競争的排除則という。植物の種内競争では、競争に弱い個体がしだいに枯死していく競(せ)り合い型競争と、資源の奪い合いの結果、集団全体の個体が小さくなる共倒れ型競争の二つのタイプがある。植物の種間競争は、植物群落の構成種の交代(植生遷移)に大きな役割を果たしている。ある種の植物の葉や根からは、他の植物の発芽や生育を抑制する化学物質(他感作用物質)が排出され、種間あるいは種内競争に影響を与えている。同種間あるいは近縁種間の競争は、その環境によく適応した個体の子孫を残すことになるので、進化の要因としても重要である。
[岩城英夫]
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…こういう意味での闘争は,広く対立oppositionとか抗争struggleと呼ばれる相互否定的な作用形態のうち,最も否定的性質の激しいものとして代表的な位置を与えられてきた。 これに対して,たとえば受験競争や会社の昇進競争などのように,一般に〈競争〉と呼ばれる形態では,複数の行為者の間で相互に他の行為主体を排除したり,その行為を妨害し停止させることが直接の目標ではなくて,あくまでも結果的に生じるかもしれない事態にすぎない。つまり競争の場合には,上記の例でいえば入学するとか昇進するというような,なんらかの客観的な目標や望ましい事態を他者と並行して追求し,それを達成することが直接の目的なのである。…
…この国では,だれもその答えを冗談とは受け取らないのである。
[競争原理]
日本社会に長く存在し,多かれ少なかれ今日の日本にもかかわる文化の基本的な特徴は,およそ以上のごとくである。しかし今日の日本社会がもつ活動的性格は――それが1960年代以降の産業の分野で著しいことはいうまでもない――,伝統的条件のみからは説明されないだろう。…
…以上のどの対争にも,時間的には一時的な衝突から何世代にもわたる宿怨闘争feudまで長短各様がある。対争と異なり競争は,2名あるいはそれ以上の社会主体が,当事者の外にある価値を最初にあるいはより多く獲得しようとして争うものである。競争の場合には,競技,コンテストなどの例に見られるように,紛争の仕方を統制する規則が貫徹していることが多く,当事者は必ずしも対決を意識しているわけではない。…
※「競争」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...
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