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慶州 けいしゅうQing-zhou; Ch`ing-chou

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

慶州
けいしゅう
Qing-zhou; Ch`ing-chou

中国,朝の州名。第6代聖宗を葬った陵墓である永慶陵 (または慶陵) の維持のために,景福1 (1031) 年に設置され,のち興宗,道宗の陵もおかれた。州の城址は,現在の内モンゴル自治区昭烏達 (ジョウウダ) 盟巴林 (バリン) 左翼旗の北西部,白塔子部落にあり,仏塔である白塔と慶陵の壁画は,現存する遼代建築絵画の白眉として著名。金代に奉州と改称され,のちに廃止。

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デジタル大辞泉の解説

キョンジュ【慶州】

けいしゅう(慶州)

けいしゅう〔ケイシウ〕【慶州】

韓国南東部の都市。かつての新羅(しらぎ)の首都で、古墳・瞻星台(せんせいだい)・仏国寺などの史跡が多い。キョンジュ。
中国、遼の第6代聖宗を葬った永慶陵(慶陵)を守るために置かれた州。現在の内モンゴル自治区、巴林(パーリン)左翼旗の北西部にあたる。

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百科事典マイペディアの解説

慶州【けいしゅう】

韓国,慶尚北道南東部の古都。兄山江とその支流南川にまたがる帯状平野の中にある。新羅(しらぎ)の首都金城として4―10世紀に栄え,その遺跡が多い。高麗の太祖王健が慶州と改称し,朝鮮王朝時代は慶州府と呼ばれた。

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世界大百科事典 第2版の解説

けいしゅう【慶州 Kyŏngju】

韓国,慶尚北道南東部の都市。人口12万2038(1980)。新羅(3世紀ころ~935)発祥の地であり,伝説時代を含めると約1000年の間王都として栄え,新羅の全盛時には人口78万余を数えたともいう。かつては鶏林とよばれ,慶州という呼称は高麗時代に始まる。兄山江の中流にある慶州盆地に位置し,北は迎日湾,南は蔚山(うるさん),西は洛東江流域の水田地帯へ通ずる要衝の地にある。年平均気温は約13℃であり,温暖な気候にも恵まれている。

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大辞林 第三版の解説

キョンジュ【慶州】

韓国南東部にある観光都市。四世紀から一〇世紀にかけて新羅しらぎの首都として繁栄。天馬塚を初め古墳群・瞻星台・仏国寺など遺跡が多い。けいしゅう。

けいしゅう【慶州】

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世界大百科事典内の慶州の言及

【朝鮮美術】より

…その伝播は,直接的には遼東地方の鮮卑族から高句麗を経て,新羅で開花したと考えられる。しかし,統一新羅時代になると唐文化の影響を大きく受けて金工の技術が飛躍的に発展し,奉徳寺銅鐘(国立慶州博物館)のような独特な形式を備えた朝鮮鐘も生み出された。高麗時代にも高度な金属工芸技術は伝承され,主として金銀象嵌文様を施した仏具にすぐれた作品を残している。…

※「慶州」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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