旅人馬(読み)たびびとうま

日本大百科全書(ニッポニカ) 「旅人馬」の意味・わかりやすい解説

旅人馬
たびびとうま

昔話。恐ろしい幻術を使う者から逃れることを主題にした逃走譚(たん)の一つ。2人の若者が旅に出る。ある宿屋に泊まった夜、1人が眠られないままに囲炉裏(いろり)のほうを見ていると、夜中に、宿屋の女が、囲炉裏を田にして稲を播(ま)く。またたくまに苗ができ、稲が実り、刈り取って米にして餅(もち)をつくる。翌朝、女が2人に餅を勧める。見ていた男は食べない。寝ていた男が食べると、馬になる。食べなかった男は旅を続け、その途中で老人から、馬を人間に変える方法を教わる。そのとおりにして、馬になった若者も人間に戻り、無事に家に帰る。

 平安末期の『今昔(こんじゃく)物語集』にも四国での旅僧の体験として類話がみえているが、これでは、宿の主人が鞭(むち)で打って馬にすることになっている。一夜の間に作物が実るという挿話を伴う類話には、中国の『河東記』(唐代末期)などにみえる「板橋(はんきょう)の三娘子(さんじょうし)」が有名である。そばの餅を食べてロバになる話で、謡曲の『馬僧』もこの系統の物語である。これらの話では、一夜のうちに成長する作物の挿話が、怪異性を語る重要な要素になっている。登場人物が僧であることが多い。説経僧などによって、体験談のように語られたものであろう。仏典の『出曜(しゆつよう)経』には、幻術を使う女と通じた旅人がロバに変えられ、同伴者の助言で人間に戻る話があり、鎌倉初期の『宝物集』にも、天竺(てんじく)(インド)のできごととして、馬になる草を食わされて馬になった人が、人間に返る草を食べてもとに戻る話がみえる。人が馬に変えられるという趣向を含む昔話はヨーロッパにも多いが、東アジアのような形式の話は知られていない。人を馬に変える幻術は、文芸の興味深い素材であったらしく、人を馬に変えることができるといって人をだます話は『沙石集(しゃせきしゅう)』や狂言の『人馬(ひとうま)』にあり、類話はインドにもある。人を馬にする術を主題にした笑話は、西アジアからヨーロッパ一帯にも分布し、日本では江戸時代の小咄(こばなし)『魔法』から落語の『大師の馬』にまで続いている。

[小島瓔

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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