日本大百科全書(ニッポニカ) 「日本版金融ビッグバン」の意味・わかりやすい解説
日本版金融ビッグバン
にほんばんきんゆうびっぐばん
Japanese Bigbang
欧米に遅れをとっていた日本の金融市場を活性化するため、橋本龍太郎内閣が1996年(平成8)末に打ち出した金融大改革。「2001年までに東京をロンドン、ニューヨーク並みの市場に」をスローガンに、銀行、証券、保険会社の業務をがんじがらめに縛ってきた規制を緩和・撤廃し、国内金融機関の国際競争力向上を目ざした。
改革の基本概念として、「フリー」(市場原理が機能する市場)、「フェア」(透明で信頼できる市場)、「グローバル」(時代を先取りした国際的市場)を掲げた。制度面では、1998年4月の外国為替(かわせ)取引の自由化を皮切りに、同年末に金融持株会社設立を解禁し、1999年10月からは株式委託手数料の完全自由化を実施した。連結会計・納税制度の導入、保険と銀行・証券会社の子会社方式による相互参入も完了。2007年12月の銀行窓口での保険販売全面解禁をもって、当初想定した金融規制のほとんどを緩和・撤廃する運びとなった。
ただ改革から10年が経過しても、日本の株式時価総額がアメリカの4分の1にすぎないなど、欧米との差は依然縮まっていない。一方で中国、インド、シンガポールなどのアジア市場は急成長を続けている。このため、単に日本国内の規制緩和や制度改革だけでなく、税制や外国人の雇用問題にまで踏み込んだ市場改革が必要との声が高まっている。日本版金融ビッグバンは、東京をアジアの中核金融センターに育成するという「東京金融センター論」という形で、現在に引き継がれている。
[矢野 武]