日陣(読み)にちじん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「日陣」の意味・わかりやすい解説

日陣
にちじん
(1339―1419)

室町時代日蓮(にちれん)宗の僧。門一阿闍梨(もんいちあじゃり)円光房と号する。越後(えちご)(新潟県)の人。越後の本成(ほんじょう)寺で出家し、京都本国(ほんこく)寺の日静(にちじょう)(1298―1369)に師事。日静の譲を受けて本成寺住持となり、東北・関東・東海地方に伝道する。やがて本国寺の日伝(にちでん)(1342―1409)と教義対立を生み(本迹(ほんじゃく)論争とよぶ)、ついに決別して京都四条堀川に本禅寺を創立して本山とした。しかし本禅寺は弟子の日登(にっとう)に任せ、自らは本成寺を中心に越後をはじめとする北陸地方に伝道活動を展開する。1419年(応永26)日陣は81歳の高齢にもかかわらず、本成寺を日存(にちぞん)に譲って伝道のためにひとり旅立ち、終わる所を知らずという。日陣を祖とする流派を日陣門流といい、現在は法華(ほっけ)宗陣門(じんもん)流と公称している。

中尾 尭 2017年9月19日]

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朝日日本歴史人物事典 「日陣」の解説

日陣

没年:応永26.5.21(1419.6.14)
生年暦応2/延元4(1339)
南北朝・室町前期の日蓮宗の僧。京都に日蓮宗を弘通(布教)する。法華宗陣門流の祖。円光房,門一阿闍梨と号す。越後(新潟県)に出生し,故郷の本成寺に学び,のち京都本国寺日静 の門に入る。日静の没後,越後本成寺を拠点に北陸,東北,関東,東海と幅広く布教。応永4(1397)年上洛し,本国寺日伝と『法華経』の本門・迹門の一致・勝劣をめぐり論争。勝劣説を主張して『本迹同異決』を著し,一致義の日伝と8年も論争した。結論をみないまま本国寺から分立し京都四条堀川に本禅寺を造立,洛中に勝劣説を弘通。晩年,越後に帰還し,教団を整えながらも本禅寺を思いやったという。<著作>『選要略記』<参考文献>法華宗編『門祖日陣聖人の研究』

(佐々木馨)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「日陣」の解説

日陣 にちじん

1339-1419 南北朝-室町時代の僧。
暦応(りゃくおう)2=延元4年4月21日生まれ。日蓮宗。越後(えちご)(新潟県)の人。京都本国寺の日静(にちじょう)に師事。師の死後,郷里の本成(ほんじょう)寺をつぐ。同門の本国寺の日伝と教義の解釈で対立,京都に本禅寺を創建した。この系統を日陣門流または本成寺派とよぶ。応永26年5月21日死去。81歳。俗姓は佐々木。通称は門一阿闍梨(あじゃり)。号は円光房。

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367日誕生日大事典 「日陣」の解説

日陣 (にちじん)

生年月日:1339年4月21日
南北朝時代;室町時代の日蓮宗の僧
1419年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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